2021-07

知らぬ間に失われるとしても

知らぬ間に失われるとしても(64)

 固くしていた体の力を抜き、少しずつ体重を圭一に預けていく。あごを圭一の肩に載せて、こめかみをその頬に押し付ける。まだ湿ったままの圭一の髪が冷たい。やがて圭一の指が旭の髪に触れた。 しばらく、そのまま抱き合っていた。旭の髪を梳く圭一の手だけ...
知らぬ間に失われるとしても

知らぬ間に失われるとしても(63)

「じゃあ、何でそんなに離れてんの」 旭がそう言うと、圭一は少し戸惑ったように口ごもった。「別に離れてる訳じゃないけど」 でも、いつもなら。 言いかけてやめる。その『いつも』は圭一には存在しない。 目の前の圭一は、ただ自分の考えるままに振舞っ...
知らぬ間に失われるとしても

知らぬ間に失われるとしても(62)

18.圭一の部屋4「お前、ベッド使っていいぞ。シーツとか替えてるし」 そう言って、圭一はクローゼットから着替えを取り出して着始めた。 下着に足を通すその後ろ姿を見ながら、今更だけど俺に裸を見せるのは平気なんだな、と思う。意識しているようには...
知らぬ間に失われるとしても

知らぬ間に失われるとしても(61)

 シャワーを浴び終わった旭が圭一の部屋に行くと、圭一はベッドの横の床に布団を敷いていた。「おう。あがった?」「うん」 部屋の隅に荷物と脱いだ服を置く。今は持参した部屋着のTシャツとハーフパンツを身に着けている。肩に掛けたバスタオルには、濡れ...
知らぬ間に失われるとしても

知らぬ間に失われるとしても(60)

「お前はさ……ゲイなの?」 初めて圭一とこんなことを話す。この機会に、圭一が記憶を失くしてしまう理由やきっかけが少しでも分からないだろうか。 旭の問い掛けに、圭一はしばらく考えてから首を振った。「分かんね。違うかも」「うん」 旭自身、今まで...
知らぬ間に失われるとしても

知らぬ間に失われるとしても(59)

17.ドライヤー 再び柏崎のスマホが震える。画面を見た柏崎は、鞄を持って立ち上がった。「来たみたい」「ああ」 玄関に向かう柏崎の後に続き、旭と圭一も廊下を進む。靴を履いた柏崎が振り返った。「じゃあ、悪いけど」「おう」「先輩によろしく」 会っ...
知らぬ間に失われるとしても

知らぬ間に失われるとしても(58)

 それからしばらくだらだらと喋り、そのうち何となくゲームをし始める。柏崎はほとんどゲームをしたことがないらしく、対戦型のアクションものにはそれほど興味を示さなかったが、いくつか種類を変えて遊んでいると、謎を解きながら進んでいくアドベンチャー...
知らぬ間に失われるとしても

知らぬ間に失われるとしても(57)

 顛末を話すと、圭一がまた「モテるなお前」と繰り返した。柏崎はソファの背にもたれて悠然と答える。「だから別にモテないって」「お前はモテるけど近寄りがたいんだよな」「黒崎くんの方がモテてるだろ」「え? そんなことないよ」「まあなー、旭もなー」...
知らぬ間に失われるとしても

知らぬ間に失われるとしても(56)

 インターフォンを押してオートロックを解除してもらい、いつものように階段で三階まで上る。圭一が玄関を開けて待っていた。「おう」 家に入ると、リビングの方に通された。とりあえず荷物を置き、コンビニの袋を圭一に渡す。「何? 旭のおごり?」「違う...
知らぬ間に失われるとしても

知らぬ間に失われるとしても(55)

 土曜日、旭は約束の14時ちょうどくらいに着くように家を出たが、待ち合わせ場所のコンビニに着くと、そこには既に柏崎の姿があった。「あ、ごめん。待たせちゃった?」「うん」 柏崎は事実のままあっさりと頷き、コンビニの入り口を指さした。「何か買っ...
PAGE TOP