知らぬ間に失われるとしても(63)

「じゃあ、何でそんなに離れてんの」
 旭がそう言うと、圭一は少し戸惑ったように口ごもった。
「別に離れてる訳じゃないけど」
 でも、いつもなら。
 言いかけてやめる。その『いつも』は圭一には存在しない。
 目の前の圭一は、ただ自分の考えるままに振舞っているだけだ。記憶がなくても、ちゃんとまた旭のことを好きだと言ってくれた。まだ日の浅い付き合いの中で、きっと旭のために距離を測ってくれているに違いないのに。
 こうやって、この少しのずれはずっと埋まらないままなのか。圭一が好きだと言ってくれても、こんな風にずっと何かが心につっかえたままで過ごさなければいけないのだろうか。全然満たされないまま。
「――なあ」
「ん?」
 旭はベッドから腰を上げて、布団の上に膝をついた。
「この前みたいにして」
「え……」
「いつでもするって言っただろ」
 躊躇う圭一に、縋るように言う。
「いや……お前が嫌じゃなかったら、するけど」
「――何で俺はいっつも嫌がってることになってんの?」
 そうやってお前が距離を詰めてこなければ、いつまでたってもこのままだ。早く追いついてきてほしいのに。
「俺の言うこと、あんまり信じないよな、お前」
「そういう訳じゃないけど」
「そんなに俺、言いたいことも言えないキャラ?」
 徐々に言葉が暴走し始める。圭一が眉根を寄せる。
「それとも、結局、お前がしたくないだけ?」
「そんな訳ないだろ。ただ、お前に嫌な思いをさせたくないっていうか……無理に合わせて欲しくないっていうか」
「無理してない」
「じゃなくて」
「やっぱり、俺のことそこまで好きじゃない?」
「――はあ?」
 苛立ったような声に、旭はびくっと顔を上げる。圭一は更に何か言いかけたが、旭の顔を見て途中でやめた。
「――いや、ごめん。そんな訳ないだろ」
 首を振りながら、旭は思わず俯いた。
「違う……ごめん、変なこと言って」
 しまった。圭一を怒らせないようにしようと思ってたのに。どうしよう――
 下を向いた旭の目には、胡坐を組んだ圭一の脚だけが見えていた。
 しばらく考えているような数秒の間の後、やがてそれが動いて膝立ちになる。そしてそのままこちらに近付いてきた。
「じゃあ……嫌だったら言って」
 結局そう言い添えながら、圭一の腕が旭の体に回された。

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