「お前はさ……ゲイなの?」
初めて圭一とこんなことを話す。この機会に、圭一が記憶を失くしてしまう理由やきっかけが少しでも分からないだろうか。
旭の問い掛けに、圭一はしばらく考えてから首を振った。
「分かんね。違うかも」
「うん」
旭自身、今まで圭一からそういう気配を感じたことはなかった。
圭一の葛藤はその辺にあるのだろうか。何度も旭とのことを忘れてしまう理由。男が好きだということを自分で認められないのだとしたら。
「じゃあ、俺のことをさ……そうだって自覚した時、ショックだったりした?」
「そういうのは別になかったけど」
「でも、男同士だってこととか、自分がゲイかもってこととか、気にならなかった?」
あっさりと否定する圭一に、思わず食い下がる。すると圭一は少し口ごもってから、言いにくそうに口を開いた。
「俺さ……昔、お前でやったことあって」
何を、と聞く前にすぐに意味を把握する。
「え? まじで?」
「うん。……でもお前に申し訳ないっていうか、失礼? ていうかそうじゃなくてもっと、何かすごい酷いことしてる気がして、やらないようにしてた」
「それっていつ頃?」
「だから……中学の時。ごめん」
気まずそうに謝られる。
「いや……ていうか、全然気付かなかったけど」
「そりゃそうだろ。気付かれてたらその時点で友達として終わってるっての」
「でも、そしたらその時に自分がゲイかもって思わなかった?」
「それは別に。代わりに普通に女のエロビとか見てたし」
「……へえ」
圭一の返答は、旭の推測とは少し違っていた。
「けど俺、今まで好きな女子とかいなくて……本当はずっと、自分は誰かを好きになれない人間なのかもって思ってた。悩んでたってほどでもないけど。……だからお前のことが好きかもって思った時に、むしろ安心、ていうか納得した。お前がいたから女子に目がいかなかったんだって」
その言葉は意外にも思えたが、一方で納得できるものでもあった。圭一は男女問わず友達が多くて、どちらともすぐに仲良くなる。でも逆に言えば、一人の女子に特別な感情を持っている様子が今まではなかった。
「だから、もしお前がいなかったら誰か女を好きになってたかもしれないし、だからゲイかどうかは分からない。お前以外の男も興味ないし」
「柏崎くんは?」
「柏崎? 何で」
「だってめちゃめちゃイケメンだし」
「お前だってそうだろ」
「いや、俺とはレベルが違うだろ全然」
「そうかな」
圭一は、何故か面白そうに眉を上げた。
「え、何」
「いや、だからお前、柏崎好きだなと思って」
また話が最初に戻る。圭一はいったん手元にあるゲーム機に視線を戻したが、また振り向き、旭に問い掛けた。
「最近、ゲーム飽きた?」
「え、ううん。……気分じゃないだけ」
「そっか」
圭一はゲーム本体もテレビボードの中にしまいこんだ。
「じゃあ、何する?」
思わず黙り込む。更に少し気分が沈むのが分かった。
せっかく二人で一緒にいるんだから、ゲームなんてせずに、前みたいにもっと触れ合ったりしたい。でも圭一は違うみたいだ。今の圭一と旭とでは、きっとお互いへの距離感が全然違う。
「旭?」
「……ん」
「何したい?」
更に聞いてくる圭一に、何とか返事をしようと口を開く。でも言葉が出てこない。『何か』なんてしたくない。
今はただ圭一が遠い。
「あ……そっか」
旭の沈黙をそのまま見つめていた圭一が、ふと何かに気付いたように声を上げた。
「そしたら、とりあえず先に風呂入っちゃって、適当にだらだらするか。お前とゆっくり話すのも久し振りだし」
明るい声で突然そう提案した圭一に、旭一も頷いた。
「え、うん。いいけど」
「お前、風呂先に入れよ。あ、まだお湯張ってないけど。浸かりたい?」
「ううん、シャワーでいい」
圭一は「俺も」と言いながら立ち上がった。それを見て、旭も荷物を手に立ち上がる。
リビングを出て、そのままバスルームに向かった。圭一が棚からバスタオルを取り出して渡してくれる。今日はちゃんと旭の目を見ながら。
「何でも適当に使って」
「サンキュ」
圭一が外に出てドアを閉めた後、鞄から着替えを取り出し、旭は服を脱ぎ始めた。裸になって、中に入る。
前にも一度借りたことのあるバスルーム。あの時はどん底の気分だった。今日はあの時よりはましだ。不安や満たされなさは残るけれど、少なくとも圭一は怒っていない。
駄目だ。焦りをぶつけたりして、また圭一を不愉快にさせたりしないようにしないと。圭一の距離の取り方が旭の求める距離よりも遠いのは、今は仕方がない。
――少しでも前みたいに近付きたい。でも、もう忘れられたくない。