知らぬ間に失われるとしても(61)

 シャワーを浴び終わった旭が圭一の部屋に行くと、圭一はベッドの横の床に布団を敷いていた。
「おう。あがった?」
「うん」
 部屋の隅に荷物と脱いだ服を置く。今は持参した部屋着のTシャツとハーフパンツを身に着けている。肩に掛けたバスタオルには、濡れた髪からまだ少し雫が落ちている。
「ごめん。後でドライヤー借りていい?」
「ああ、うん。あっちにある」
 敷き終わったらしい圭一はそのまま立ち上がった。一緒に部屋を出て、再びバスルームに戻る。圭一は洗面台のミラー収納を開けて、中にしまわれていたドライヤーを手渡してきた。
「お前、ちゃんと乾かすんだな」
「うん。風邪引くから」
「へえ」
 そう相槌を打った圭一は、そのまま横で服を脱ぎ始める。
「あ……入る?」
「うん」
 いったん外に出ようかと旭が考える暇もなく、圭一はさっさと全てを脱ぎ、そのまま浴室に入っていった。すぐにシャワーの音が聞こえてくる。出ていく理由のなくなった旭も、鏡に向き直ってドライヤーのスイッチを入れた。
 最大風量で髪に風を当てていると、すぐに圭一が出てきた。敢えてそちらに目をやらずに鏡を見たまま乾かし続ける。圭一が着替えを持ってきていた様子はなかったのでどうするのだろうと視界の端でうかがっていたが、圭一は全身を拭き、がしがしと髪も拭いた後、そのままバスタオルを腰に巻いた。
「――」
 先に部屋に戻るのだろうと思ったが、動く気配がない。何となく横から見られている気がしたので、風量を下げて振り向くと、圭一がしげしげとこちらを見ていた。
「ん?」
「なあ、代わって」
「あ、うん」
 てっきり圭一も髪を乾かすのだろうと思い、ドライヤーを手渡してその場からどこうとすると、腕を引かれて戻された。鏡の前に立たされる。
「え、俺?」
 圭一が再びドライヤーの風量を最大にし、旭の頭に触れてくる。
 鏡の中の旭と圭一は頭の高さがほとんど同じだ。何となく少しだけ膝を曲げてかがむと、圭一が笑うのが見えた。何か言っているが、ドライヤーの音が邪魔をして聞こえない。
「――え?!」
 声を張って聞き返すと、圭一がドライヤーを止めた。
「その姿勢、続かねえぞ、って」
 そうしてドライヤーを差し出されたので、反射的に受け取る。圭一は脱衣所を出ていったが、すぐにダイニングチェアを持って戻ってきた。
「座って」
 言われるまま鏡の前に置かれたそれに座ると、かろうじて首から上だけが鏡に映っている。圭一は再び後ろから旭の髪に風を当て始めた。
 会話できないまま、旭は鏡の中の圭一を見ていた。美容室のような位置関係になっている。圭一は機嫌良さそうに旭の髪をかき回したり、指で梳いたりしている。上半身は裸のままだ。半袖の形に日焼けしている。旭よりも逞しいその胸や腕を何となく眺めていると、鏡越しにふと目が合ったが、圭一は軽く旭に笑い掛け、また髪に視線を戻した。
「――よし」
 再びドライヤーが止められる。
「こんな感じ?」
 するっと圭一の手が確認するように旭の髪をかきあげる。
「あ、うん。サンキュ」
「お前の髪、さらさらだよなー」
 圭一がドライヤーをコンセントから抜く。
「交代する?」
「俺はいい。いっつも自然乾燥だし」
 そう言うとドライヤーをさっさとミラー裏にしまい、椅子を抱えて出ていった。廊下で待っていると、やがて飲み物を手に戻ってきたので、一緒に圭一の部屋へと入った。

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