知らぬ間に失われるとしても(58)

 それからしばらくだらだらと喋り、そのうち何となくゲームをし始める。柏崎はほとんどゲームをしたことがないらしく、対戦型のアクションものにはそれほど興味を示さなかったが、いくつか種類を変えて遊んでいると、謎を解きながら進んでいくアドベンチャーゲームを気に入ったようだった。
 圭一は既にプレイして内容を知っているので、コントローラーは圭一に預けて、主に柏崎と旭とで謎解きに挑戦する。
「ミステリーとかよく読むから」
 柏崎はそう言って、無表情なりにそこそこ楽しんでいるようだった。
 決して口数が多い訳ではないが、それでも柏崎がいてくれることで、旭もリラックスしてその場を楽しむことができた。圭一とも普通に話すことができている。もちろんそれは、恋人同士というよりは友達としてのノリに近いものではあったけれど。
 夕食は、ピザではなくファミレスのデリバリーを利用してみることにした。その方がメニューが豊富だったからだ。スマホで注文し、届いたものをローテーブルの上に広げて三人で食べる。色んな料理を少しずつ食べることができて楽しい。
 食べ始める時にいったんゲーム画面から適当なテレビ番組へと替えたが、結局、食べ終えても何となくそのまま観ていた。デリバリーだけでは満腹とまではいかず、買ってきたスナック菓子などをだらだらと食べ続ける。
 そうして寛いでいた頃、柏崎のスマホが震えた。
「――あ」
 テーブルに置いていたそれを手に取って画面を確認すると、柏崎はちらりと旭の方を見てから立ち上がり、廊下の方へと出ていった。内容は分からないが、話している声が聞こえる。
「彼氏かな」
「……うん」
 圭一が何気なくそう言い、旭も頷く。忘れかけていた会話を思い出した。
「――悪い」
 リビングに戻ってくると、柏崎は圭一に声を掛ける。
「先輩が迎えに来るみたいだから、来たら帰る」
「え? まじか」
 当然のように圭一は非難の声を上げた。
「今日は先約があるって言わなかったのかよ」
「ごめん」
 謝りながらも、柏崎は涼しい顔で再びソファに身を沈める。圭一もそれ以上は止めようがないらしく、しばらく口をつぐんだ後、ふと旭の方を見た。
「……お前は?」
「え?」
 自分に聞かれると思っておらず、少し動揺してしまう。
 もしかして、旭も帰れということだろうか。
「か、えった方がいい?」
「まさか」
 何か言おうとした圭一は、何故か言葉を引っ込めた。柏崎が助け舟のように口を開く。
「黒崎くんはそのまま泊まりなよ、せっかくだから」
「あ……うん」
 圭一が何を思ってそう言ったのかが分からない。もしかして、二人きりになるのはあまり気乗りしなかったりするのだろうか。
「ごめん、そうじゃない。もしお前が帰りたいなら、と思っただけ」
「何で?」
「……だから、泊まる訳だし」
「うん」
 頷きながら、圭一の言いたいことに気付く。
 もちろん旭もそのことは、柏崎が今日は泊まらないと言った時から考えていた。そうなっても構わないと思っていたのだけど。
「俺は平気」
 柏崎の前であまり赤裸々なことは言いづらかったが、それでも旭は精一杯そう答えた。でも圭一は複雑な表情をして、
「まあ、そっか。……お前は慣れてるよな」
と言った。
「えっ。別に慣れてないよ」
「でも、この前の……」
 圭一が何を思い浮かべているのかが伝わってくる。旭が珍しくイニシアティブを取った、この前のキス。今の圭一にとっては初めてのキス。旭が慣れているとしたら、元カノではなく圭一と何度もしたからだ。でも圭一にはそんなことは分からない。
 自分にとっては嬉しさに満ちた時間だったあの時、圭一の方はそんな風に考えていたのかと思うと、旭はどうしようもなくやるせない気持ちになった。
 こんな風に、この先ずっとこの差は埋まらないのだろうか。
「……いや、何でもない。お前が嫌じゃないなら、泊まってけよ」
 圭一が取りなすようにそう言ったので、旭も頷いた。

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