知らぬ間に失われるとしても(57)

 顛末を話すと、圭一がまた「モテるなお前」と繰り返した。柏崎はソファの背にもたれて悠然と答える。
「だから別にモテないって」
「お前はモテるけど近寄りがたいんだよな」
「黒崎くんの方がモテてるだろ」
「え? そんなことないよ」
「まあなー、旭もなー」
「大丈夫、モテないのは原だけとか誰も言ってないから」
 柏崎の真顔の冗談に圭一が笑う。
「おい、そこはスルーするとこだろ」
 そう、圭一は大体こうだ。気が強い割に、無理に相手より上に立とうとしない。
「そのうち告られるんじゃね?」
「かも」
「ないって。まじ俺そんなのないから」
「まあでも、めちゃめちゃ塩対応しそうだからな、お前」
「愛想悪いからね」
 自分であっさりとそう認める。旭は思わず口を出した。
「柏崎くんが愛想良くなっちゃったら最強だろ」
「『なっちゃったら』って、なって欲しくなさそうな言い方だな」
「いや、そうじゃないけどさ。この前、柏崎くんが笑ってるの見たけど、めちゃやばかった」
「へえ。なかなかレアだな」
「あんな風にしょっちゅう笑ってたらすごいことになりそうだと思って」
 この前柏崎が少しだけ見せた笑顔に思わず見とれたことを思い出していると、圭一が何気なく言う。
「でもお前もう彼氏いるし、告られても逆に面倒だったりする?」
「さあ。面倒っていうより、やっぱり申し訳ないって感じなんじゃないの」
 柏崎はそう答えたが、すぐに「ていうか別に告られないから、さっきから言ってるけど」と付け加えた。
「先輩は心配したりしないの?」
 旭がふと思い付いたことを聞くと、柏崎は少し考えてから答える。
「しないかな。俺がモテないの知ってるし」
「そうなんだ」
「痴漢とかそういう心配はたまにしてる」
「えっ? 痴漢!?」
「痴漢ていうか、変質者?」
「そんなの遭ってんの?」
「前にたまたま」
「ええ……」
 驚きつつも、これだけ美形だと男でもそういう危険があるのか、と旭が変に感心していると、柏崎が「黒崎くんも遭ったりするんじゃないの」と当たり前のように聞いてくる。
「ないよそんなの!」
「あ、そう」
「さすがに、男に痴漢はなかなかなあ」
 圭一もそう言ったが、柏崎は首をすくめるだけだった。
「まあ、気をつけなよ、ほんとに。まじ変なやついるから」
 それでも、淡々と発せられた柏崎の言葉が本心からの忠告であることが分かったので、旭は素直に頷いておいた。

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