知らぬ間に失われるとしても(56)

 インターフォンを押してオートロックを解除してもらい、いつものように階段で三階まで上る。圭一が玄関を開けて待っていた。
「おう」
 家に入ると、リビングの方に通された。とりあえず荷物を置き、コンビニの袋を圭一に渡す。
「何? 旭のおごり?」
「違う、柏崎くんと半分ずつ」
「そっか。サンキュな」
 今日も、名前で呼ばれた。それを胸の中で確認してから、旭は口を開く。
「柏崎くんとも話してたんだけど、今日、晩飯はどうする?」
「ああ。食いに行ってもいいし、ピザとかとってもいいよな。飯代はもらってる」
 圭一はコンビニ袋から炭酸飲料のペットボトルとスナック菓子の袋を出してテーブルに置いた。残りの飲み物を冷蔵庫に入れに行き、グラスを三つ手に持って戻ってくる。
 柏崎は既にソファにゆったりと座っている。旭もローテーブルのそばの床に腰を下ろして、ソファに背中をもたせかけた。圭一が向こう側に座り、それぞれのグラスに飲み物を注ぐ。
 それを見ながら、旭はここに来たら話そうと思っていたことを思い出した。
「なあ。そう言えば俺さ、昨日、クラスの女子に柏崎くんのこと聞かれた」
「え? まじか」
 何故か柏崎ではなく圭一が声を上げる。
「うん。この前、昼休みに柏崎くんが俺んとこに来てくれたから、仲いいんだって思われたみたいでさ。付き合ってる人いるのかって」
「へえ。さすがモテるなお前」
「俺はモテないよ」
 柏崎が淡々と圭一にそう返す。
「どうせ、彼女じゃなくて男がいるのかとか聞かれたんじゃないの」
「ていうか……」
 旭に話し掛けてきた女子は、そこまで噂を面白がっているような感じには見えなかった。クラスが同じでもほとんど話したこともない、派手さのないおとなしそうな印象の女子だった。
『黒崎くん、柏崎くんと仲いいんだよね』
『え、あ、うん』
 突然話し掛けられたことに少し驚きながらそう答えると、
『柏崎くんって、今付き合ってる人いるかどうか、知ってる?』
と言われた。
『ああ……うん、いるみたい』
『それって、女の子?』
 そう聞かれた時、旭は柏崎の噂を思い出したが、それでも彼女の質問からは何故か嫌なニュアンスを感じなかった。興味本位に聞いているというよりは、噂が真実かどうか確かめることで自分にも可能性があるのかを知りたがっているような気がしたからだ。
『付き合ってることは聞いたけど、それが女の子かとかは別に聞いてない』
 そう返すと、その女子は失言に気付いたように顔を強張らせた。
『あ……』
『けど、この学校の人じゃないって言ってたよ』
 なるべく柔らかい口調で旭がそう付け足すと、その女子は更に何かを言おうとしたが、結局『ありがとう』とだけ言い、そこで会話は終わった。

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