2021-06

知らぬ間に失われるとしても

知らぬ間に失われるとしても(29)

 職場ではとにかく仕事をすればよい、という当たり前のことを、旭はここで身を持って学んだ。 仕事に打ち込むことが、この時間をやり過ごすうえで一番楽な方法だった。仕事のことなら他の人ともそれなりに言葉を交わすことができたし、アウェイ感も多少は薄...
知らぬ間に失われるとしても

知らぬ間に失われるとしても(28)

10.夏のアルバイト 夏休みに入るとすぐに、旭の人生初のアルバイトが始まった。 就業場所は海側の埋立地にある工場地帯の一角で、公共交通機関で通うには不便なところにあったが、従業員のために最寄り駅から送迎バスが用意されていた。 初日、少し早め...
知らぬ間に失われるとしても

知らぬ間に失われるとしても(27)

 次の日、授業終わりに落ち合ってすぐ、旭はさりげなく「どこ行く?」と言った。圭一は表情を変えることなく、近くの総合商業施設の名を挙げる。「Eモールでも行くか」 旭は内心ほっとしながら頷いた。 学校を出た後、自宅のあるエリアを通り抜けて少し先...
知らぬ間に失われるとしても

知らぬ間に失われるとしても(26)

9.ショッピングモール テストが終わり、夏休みまでの残りの授業を消化試合のように過ごす。返ってきた答案の点数はどれもそれほど悪くなかった。圭一と毎日勉強した成果だろう。 生活は以前のように戻り、圭一と過ごす時間も減った。午後の授業がある間は...
知らぬ間に失われるとしても

知らぬ間に失われるとしても(25)

 その後、旭の部屋でケーキを食べてから、あらためて圭一の家に移動した。 圭一が旭の部屋に入ったのは、旭が圭一の部屋に行った以上に久しぶりだった。多分、小学生の頃以来だろう。圭一は少しだけ物珍しそうに部屋の中を見回していた。 結局今日も圭一の...
知らぬ間に失われるとしても

知らぬ間に失われるとしても(24)

――何か、付き合ってるって感じするな。 あの日以来、圭一と一緒にいる時間は今までにないほどに増えた。テスト前一週間は毎日一緒に帰って圭一の家で勉強したし、土日も一緒に勉強した。勉強を終えてからキスするのはもう日課のようになっている。キスは徐...
知らぬ間に失われるとしても

知らぬ間に失われるとしても(23)

「黒崎くん、下の名前、アサヒっていうんだ」 三人でお昼を食べている時に、ふと柏崎にそう言われた。今日は学食に来ている。「そう」「どんな字?」「一文字で、『旭』」 空中に書いて示す。 付き合いだしてから、圭一は旭を下の名前で呼ぶようになってい...
知らぬ間に失われるとしても

知らぬ間に失われるとしても(22)

8.キスと反応 翌日以降も、旭は放課後に圭一の家に行った。 圭一の家族が帰ってくる直前まで勉強して、それから圭一の部屋に移動して少しだけキスしたりする。暗黙の了解のように、その日やるべき勉強を終えるまでは何もしなかった。「ん……」 キスには...
知らぬ間に失われるとしても

知らぬ間に失われるとしても(21)

「明日もやる?」「え? でもお前も勉強あるし」「いいよ。あ、そしたら俺も古文とか教えてくれよ」「それはいいけど……」「基本は自習で、分からないところだけ教え合ってさ」 多分、圭一は本当にそうしたいんだろう。そう思ったので、旭は頷いた。「いい...
知らぬ間に失われるとしても

知らぬ間に失われるとしても(20)

7.リビング 圭一の家に入ると、今日は廊下を奥まで進み、リビングに通された。「あれ、お前の部屋じゃなくて?」「あっちだと教えにくいだろ」 確かに、テーブルの類のない圭一の部屋だと、勉強はしにくいかもしれない。圭一はソファに鞄を置くと、キッチ...
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