知らぬ間に失われるとしても(27)

 次の日、授業終わりに落ち合ってすぐ、旭はさりげなく「どこ行く?」と言った。圭一は表情を変えることなく、近くの総合商業施設の名を挙げる。
「Eモールでも行くか」
 旭は内心ほっとしながら頷いた。
 学校を出た後、自宅のあるエリアを通り抜けて少し先にある最寄り駅まで、二十分ほど歩く。Eモールは駅を通り抜けてすぐ向こう側にある。数年前にできたばかりの商業施設で、大型スーパーやレストランフロアがある他、映画館やフィットネスジムなども併設されていた。
 二人はまずモールに入っている書店でコミックスコーナーを物色してから、思いつくままに店に入って服や雑貨を見て回った。しばらく遊んでいなかったせいもあり、それなりに楽しい。デートみたいだなと思う一方で、今の二人のノリは完全に友達としてのそれだった。
 一通り見終わった後、喉の渇きを覚えてファストフード店に入った。安いセットを購入し、飲み食いしながら更にだらだらと喋る。席に着く時、圭一は当然のように旭に壁際を譲った。その気遣いの意味を旭ももう理解していたが、自分が譲られる側になると何となく落ち着かない。昔の圭一はどう振舞っていたか思い出そうとしても、全然思い出せなかった。
 圭一とテーブルをはさんで真正面から向かい合うのも、今となっては逆に新鮮に思える。
 目の前のこの男と付き合っているのだと考えると、旭はどうしても複雑な気持ちになった。元カノとのデートでこうやって向かい合わせに座っていた時にも同じことを考えたが、あの時はただ、よく知らない目の前の女子と形だけ濃密な関係であることに違和感を覚えただけだった。
 今は違う。圭一は自分にとって最も親しい人間であることに間違いはなかった。ただ、それが男だというだけだ。
 部屋でこうして向かい合っていたら、きっとすぐに抱き締めてくれるんだろうな、と旭は目の前の圭一を見ながらぼんやりと考えた。あの部屋の光景を想像する。圭一の体の温かさを思い出す。目の前のがっしりした厚い肩と胸。あの唇が、あの舌が、何回も。
「――」
「……ん?」
 視線に気付いた圭一が、柔らかい表情で問い掛けてくる。旭は笑顔らしきものを作って首を振った。
――自分にとって、圭一はもうただの友達じゃない。
 突然、そのことを自覚する。
 旭の心情はとっくにその域を超えていた。もしここで圭一との付き合いをやめても、もう前みたいに戻れそうにないのは、圭一だけではなく旭も同様だった。
 きっとこの距離感はもう恋人以外ではありえない。
 それなのにまだ、圭一とこの先に進むことができない。男と付き合う覚悟ができない。いつもそこに戻る。
「――そう言えば、バイト見つかった?」
 圭一が思い出したように聞いてきた。
「あ、うん。何か工場の軽作業ってやつ」
「時給いい?」
「そうでもない。し、やっぱ高校生は他より安い。夜とかだと時給高いけど、それも高校生は駄目だって」
 旭は、この夏、生まれて初めてアルバイトをしてみることにした。それほどお金を使う方ではなかったが、お正月に貰ったお年玉がイレギュラーな目的に消えてしまったせいで、今年前半は懐事情がかつてないほど苦しかった。
 一応母親には軽く伝えてみたが、特に反対はされなかったし、圭一も部活でそれほど遊べないだろうから暇になりそうだと思ったのだ。
「どっかのリゾートバイトとか行くのかと思った」
「俺がそんなキャラかよ」
「逆ナンされたりして」
「――」
 旭が一瞬答えに詰まると、圭一は気付いたように話題を変える。
「休みはあんの?」
「さあ。好きな日に働けるようなこと書いてたけど」
「んじゃ、空いてる日どっかでUSJ行かね?」
「え、行く。あれだろ、XXの」
 この夏限定で、二人の好きな漫画をテーマにした特別なアトラクションが催される。アニメ化もされて爆発的に人気の出た作品で、ついにはUSJのアトラクションにも取り上げられることになった。旭も前から気になっていたやつだ。
「でもお前、部活は?」
「別に、適当に休めるし」
「それでレギュラー取れなくなったりしないのか?」
「はは、そんな熱血な部じゃないって」
 笑いながら圭一が言う。確かにうちの野球部は割とゆるそうだな、と中学時代とは違う圭一の髪を見ながら旭は思う。
「あ、でもお盆より後な。ばあちゃんち行かないと金ないわ」
「おう。分かった」
 だったらバイトもお盆前で終わろうかな、などと考える。
 食べ終わった後も思いつくままに喋り続けていたが、何気なく時計を見ると、圭一の母親が帰宅するはずの時間をとっくに過ぎていた。
「うわ。帰るか」
「おう」
 帰り道は、いつもの交差点で別れた。友達ノリのせいか、今日は圭一も送るとは言わなかった。結局、今日もキスもハグもしていない。自分で避けたことなのに、何となく間違えたような気がする。久しぶりにできたかもしれないのに。
 そう考えてしまう自分はこの先どうしたいのだろうか。自分の中にある矛盾に上手くけりをつけられないまま、旭はぐるぐると考え続けていた。

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