知らぬ間に失われるとしても(22)

8.キスと反応

 翌日以降も、旭は放課後に圭一の家に行った。
 圭一の家族が帰ってくる直前まで勉強して、それから圭一の部屋に移動して少しだけキスしたりする。暗黙の了解のように、その日やるべき勉強を終えるまでは何もしなかった。
「ん……」
 キスにはかなり慣れた。圭一の方も、もう遠慮している様子はない。
 今日も、もうすぐ圭一の母親が帰ってくるはずだ。それまでの、ごく短い時間の触れ合い。
 多分、抱き締められるのが好きだということは圭一にばれていると思う。いや、圭一も同じくらい好きなだけかもしれないけど。でも圭一はキスの方が好きみたいだ。ディープなやつ。今も、飽きもせずに旭の舌に舌を絡めている。
 それでも、いつもそんなに長く続けることはなくて、合間に何度も旭を抱き締めてくれる。旭もキスは嫌いじゃないけど、圭一よりはまだ照れが残っていて、だからハグは二重の意味で安心する。圭一の体温に包まれている時、圭一と付き合えて良かったのかもしれない、なんてこともぼんやりと思ったりする。
 圭一の舌と唇が離れたので、旭は閉じていた目を薄く開けた。糸を引いた唾液が途切れ、冷たい感触が付着した旭の唇を圭一の指が拭う。視線を上げると圭一と目が合った。
 ハグの安心感とは逆に、こういう瞬間は未だに心がざわりとする。圭一の真剣な表情の裏にあるものに、今日も気付かないふりをする。圭一自身も分かっているのか、顔を隠すように旭を抱き寄せた。
「……」
 キスの間に無意識に強張らせていた体の力を抜き、圭一に体を預ける。それに応えるように、圭一の腕に力がこもる。そしていつものように旭の髪を指で撫で、梳いた。
「それ、好きだな」
「ん?」
「髪触るの」
「うん。手触りが気持ちいい」
「ふうん」
 もたれかかっている圭一の胸が、呼吸で静かに上下している。旭の体は圭一の胸が膨らむ度に少しだけ持ち上げられ、そしてまた戻る。知らず知らずのうちに息をひそめていた。ただその動きを感じていたくて、旭は黙ったままずっとその繰り返しに身を任せていた。
 しばらくそうした後、静かに声を掛ける。
「――そろそろ帰ってくんじゃね」
「……うん」
 子供の頃から、友達の家には夕食の時間までいてはいけないと言われていた。もうそろそろ帰らなくては。 
 大きめの呼吸をひとつしてから、圭一が体を離した。
「送ってくよ」
「……ん」
 いつもの申し出に、旭は素直に頷く。最初、月曜日に同じことを言われた時はもちろん断ったのだけど、圭一は決して引かなかった。『もう少し一緒にいたい』と言われれば、それ以上拒むこともできなかった。
 それ以来、毎日、歩いて五分の距離にある自宅まで送ってもらっている。
――もうおさまったかな。
 旭はさりげなく圭一の様子を窺う。
 もうずっと、気付いているけど気付かないふりを続けていた。キスの後に旭を見つめる強い視線。そして、旭を抱き締める時にいつも少し後ろに引けている圭一の腰。
 キスもハグももう慣れたし気持ちいいと思うこともあるけど、旭の方はまだ圭一のようにはならない。そこに少しの気まずさと罪悪感があった。
 きっと圭一も気付いているんだろう。旭がいつも、圭一が先に立ち上がるまで待つことも、旭の体が同じようには反応していないことも。
「行くか」
 圭一が腰を上げて立ち上がったので、旭も頷いて後に続いた。

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