知らぬ間に失われるとしても(25)

 その後、旭の部屋でケーキを食べてから、あらためて圭一の家に移動した。
 圭一が旭の部屋に入ったのは、旭が圭一の部屋に行った以上に久しぶりだった。多分、小学生の頃以来だろう。圭一は少しだけ物珍しそうに部屋の中を見回していた。
 結局今日も圭一の家に行くことになったので、気になっていた自室でのキスは回避できたかと思ったが、食べ終わって寛いでいる時に少しだけキスされた。唇が軽く触れて、すぐに離れた。
 テスト最終日の明日は二科目が残るばかりで、長かった期末テストもようやく終わりが見えてきている。そしてそれは同時に、圭一と一緒に放課後を過ごす日々の終わりを意味してもいた。

「――明日で終わりだな」
 勉強を終えた後、いつものように圭一の部屋で抱き締められながら、肩越しに聞こえた声に旭は頷いた。
「うん」
 圭一の指が旭の髪を梳く。それから手が肩に置かれ、体が離れた。近付いてくる顔を薄く目を閉じながら迎えると、すぐに舌が触れる。最後の機会を惜しむような圭一のキス。そして内心では、旭も同じように淋しさを感じていた。別に会えなくなる訳ではないのに。
 いつも以上に長いキスをして、名残惜しそうに圭一が唇を離す。旭は無意識に自分から再び圭一に体を預けた。
「……明日からすぐまた部活?」
 圭一がすぐに背中に手を回してくれる。
「うん。すぐ予選だし」
「お前、試合出られんの」
「多分な」
「俺を甲子園に連れてって、とか言っといた方がいい?」
「はは。無理すぎて泣くからやめて」
 圭一の手が、ゆっくりと何度も背中を撫でている。
「まあ、でも頑張れよ」
「うん」
 圭一が頷く気配がした後、旭の耳たぶに冷たい感触が触れた。初めての感触に少しだけ息を止める。柔らかさを確かめるように軽く噛まれる。その後、唇は少し下に動いて首筋に触れた。
 その感触が徐々に下に移動していくに従い、旭の呼吸も浅くなっていった。無意識にあごを上げる。滲み出てくる不安のような落ち着かなさを、圭一に対する信頼感を思い出すことで無理やり覆い隠した。シャツの襟元を引かれ、露わになった鎖骨にキスされる。それからようやく唇は離れた。
 圭一は旭を見ないまま、顔を伏せるように旭の肩に額を預けてきた。
「――ごめん」
「……ん」
 呼吸でかすかに上下する圭一の肩。息を吸い、ゆっくりと吐く、その繰り返す動きの裏で、圭一が何かに堪えていることを旭は知っていた。それは旭自身も我が身で知っている情動だった。
 ふと思い付いて、いつも圭一がしてくれるように、その背中を撫でてみる。愛情や好意というよりむしろ同情に近い感情で。
 圭一は黙ったまま、変わらず静かに呼吸していた。

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