知らぬ間に失われるとしても

知らぬ間に失われるとしても

知らぬ間に失われるとしても(84)

21.圭一の部屋5 いつものようにマンションの階段を上り、圭一の家に入る。 玄関を上がって圭一の部屋に入ると、中は土曜日に来た時よりは散らかっていた。畳まれた洗濯物が床の上に置かれたままで、ベッドの上のタオルケットはめくれたまま、その上に部...
知らぬ間に失われるとしても

知らぬ間に失われるとしても(83)

「あー、よく覚えてないけど、俺、何かそのせい? で野球始めたんじゃなかったかなー、あの頃」「え? そのせいって?」「いや、親父にさ、友達と遊びたかったら野球やれみたいに言われてさ……いきなりリトルリーグに入れられた」「え、そうなんだ」 初め...
知らぬ間に失われるとしても

知らぬ間に失われるとしても(82)

 いつもの坂道を降りて、いつもの川沿いの道を歩く。圭一の歩く速度は明らかに普段よりも遅くて、足を引きずるように歩を進めている。「――なあ。もうやめろよ」 旭は、真剣な声でそう言った。「そんなことしてたら、そのうち体調崩すか事故に遭うかするっ...
知らぬ間に失われるとしても

知らぬ間に失われるとしても(81)

 保健室の扉を開けると、中には誰もおらず、仕切りカーテンの閉まっているベッドがひとつあった。「圭一?」 声を掛けると、すぐに圭一の声で返事がある。カーテンの隙間から覗くと、ベッドの端に座った圭一がこちらを見た。「旭」「お前、寝てないのかよ」...
知らぬ間に失われるとしても

知らぬ間に失われるとしても(80)

 翌日、いつものように学校に行ったが、朝の通学路では圭一に会わなかった。圭一の教室を通り過ぎる時に中を覗いてみても、まだそこに姿はなかった。 体調を崩していたりしないだろうか。 気になった旭は、一時間目が終わってからまたさり気なく圭一の教室...
知らぬ間に失われるとしても

知らぬ間に失われるとしても(79)

 店を出た後、「帰って一人になったらすぐに寝てしまう」と圭一が言うので、二人で目的もなくぶらぶらしてから帰ることにした。遊ぶお金もないので、ただ適当な道を歩く。「お前の親、何時くらいに帰ってくんの」「さあ。昼過ぎくらいかな」 圭一が自販機の...
知らぬ間に失われるとしても

知らぬ間に失われるとしても(78)

 朝食は、駅前のファストフード店でモーニングセットを頼むことにした。「俺、モーニングって初めて」「俺も。前から食ってみたかった」「美味そうだよな」 カウンターでそれぞれ注文してから、トレイを持って座席の方に行く。日曜日の朝だからか、思ったほ...
知らぬ間に失われるとしても

知らぬ間に失われるとしても(77)

「他に何か書いといた方がいいこととかあったら教えて」「――いや、お前、これ」 読んでいるうちに顔が熱くなる。何だこれは。「こんなの誰かに見られたらどうすんだよ! 親とか!」「大丈夫だろ。この部屋めったに入ってこないし」「せめて伏せ字とかにし...
知らぬ間に失われるとしても

知らぬ間に失われるとしても(76)

20.ノート 翌朝、旭が目が覚ますと、圭一はもう起きていた。 布団の上で目を開けた時、最初に視界に入ったのは、目の前にある圭一の両足だった。 そのまま見上げると、ベッドに座った圭一が、こちらを見下ろして笑い掛けてくる。寝ている旭をずっと見て...
知らぬ間に失われるとしても

知らぬ間に失われるとしても(75)

「旭」「ん?」「俺、もう絶対にお前のこと忘れないから」「うん。もう忘れんなよ」「忘れない」「うん」 何の確証もないことを約束する。 また圭一から名字で呼ばれたら、その時自分はどう思うだろうか。 この充足を経て繰り返すそれは、今までよりは楽に...
PAGE TOP