知らぬ間に失われるとしても(77)

「他に何か書いといた方がいいこととかあったら教えて」
「――いや、お前、これ」
 読んでいるうちに顔が熱くなる。何だこれは。
「こんなの誰かに見られたらどうすんだよ! 親とか!」
「大丈夫だろ。この部屋めったに入ってこないし」
「せめて伏せ字とかにしろよ!」
「そしたら忘れた時に分かんないだろ」
 圭一はあっさりと言う。
「じゃあ、最低限この辺は消せ」
「駄目。それが超大事」
「は? 何で!」
「だって、そういうの知ってたら、昨日だってお前に痛い思いさせなくて良かっただろ」
「そんなの……」
 何となく、その口調に反して実は真剣なニュアンスを感じて、旭はそれ以上の抗議をすることができない。
「……絶対に誰にも見られないところに隠しとけよ」
 妥協してそう言ったのに、圭一は平然と言い返してくる。
「でも自分が見なかったら意味ないし、机の上に置いとこうかと思ってるんだけど」
「だったら、『どこどこにあるノートを見ろ』ってメモだけを置いとけ!」
 そう言うと、圭一はようやく「なるほど、そうするわ」と言った。
「旭も何か書いて」
「何かって何だよ」
「何でもいい。サインしといて」
「……そんなん書いてあるのに、嫌だって」
「でも、旭の直筆があれば、忘れた後の俺も絶対に信じるだろ」
「……」
 何となく気が進まなくて、黙ったまま首を振ってノートを差し出すと、圭一はそれ以上無理強いはせず、苦笑しながらそのまま受け取った。
「――腹減った。飯、外に食いに行こうぜ」
 ノートを勉強机の引き出しにしまいながら、圭一が言う。
「おう。てか、今何時くらい?」
「八時半ちょい」
「ん」
 旭はタオルケットをはいで立ち上がった。その場で指を組んだ両腕を頭上に上げ、ぐうっと伸びをする。それを見ていた圭一が「いいな」と言った。
「ん?」
「エロい」
「は?」
「パンいち」
「朝から何言ってんだよ」
 呆れた声を出すと、圭一自身も笑いながら、「寝不足でちょっとおかしいかも」と言った。旭は鞄の上に置いていた服を身に着けた。何となく瞼が重い。
「顔洗わせて」
「おう」
 そう言えば昨日泣いたんだっけ、と思い出しながら、旭は部屋を出てバスルームへと向かった。

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