偽りとためらい(65)

第21章 三年次・12月

 次の日、高志が19時過ぎに茂の部屋に行くと、座卓の上にはカセットコンロと土鍋が置かれていた。
「鍋?」
「そう。たまにはいいだろ。すぐ食べる?」
「うん」
 土鍋には既に乳白色の出汁が入っており、茂がカセットコンロの火をつける。
「土鍋とか持ってたんだな」
「うん。先輩にもらった」
「何鍋?」
「ごま豆乳鍋ってやつ。この前食ったら美味かった」
「へえ」
 茂が食材を適当に入れていく。野菜類はあらかじめ切ってくれていたようだった。無頓着な放り込み方がいかにも慣れていなさげで、高志は少し笑った。ある程度入れたところで茂が蓋をする。
 高志は、手に持っていた袋からビールを二本取り出して置き、残りを冷蔵庫に入れるためにキッチンに行った。シンクの横に皿や箸が置かれていたので、居間に運ぶ。
「お前もビール?」
「何となく」
 高志は腰を下ろしながらそう答えると、早速一本を手に取って開けた。あまり美味しいとは思わないが、社会人になるまでに少し慣れておいた方が良いかと思ったのだった。
「今って、色んな味の鍋の素があるよな」
 茂が、自分もビールを開けながら話し出す。
「そうなのか?」
「うん。何か色々売られてた。ありすぎて分からんから食べたことあるのにした」
「へえ。うちでは水炊きとすき焼きしか出たことないな」
「藤代のお母さんは市販の素とか使わないだろ、多分」
「水炊きは、あれ単にお湯だしな」
「えー、出汁くらい取ってるんじゃないか?」
「そうなのか。でも結局ポン酢があればそれでOKじゃね?」
「まあね」
 ビールを飲みながら喋っていると鍋が煮立ったので、火力を少し弱めて蓋を開ける。湯気が広がり、ぐつぐつと音を立てながら揺れる具材が現れた。
「藤代がうち来るのって、ちょっと久し振りだよな」
 食べていると、ふと茂が言い出す。まるでたまたまそうなったかのような口振りだった。高志は黙ったまま頷く。
「そう言えば、今日泊まる?」
「え? いや」
 そんな話はしていなかったので、高志は今日は何も持って来ていなかった。茂は少し高志を見つめた後、何も言わずにまた食べ始めた。


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