偽りとためらい(64)

 それからしばらく、高志も表面上は今までどおりに振舞った。茂がやるように自分もやってみようと思ったのだ。しかし、自分の本音を顔に出さないというのは予想以上に難しかった。ともすれば黙り込んでしまう。そうしながら自分の本音を自覚するにつけ、まるで子供の駄々のように思えて高志は自己嫌悪を覚えた。自分の過ちを棚に上げて、茂に構ってほしいと言っているみたいだった。目の前の茂は、本当に自分よりずっと大人なのだと実感した。
 いっそのこと茂が本音を態度に出してくれれば、と思う。不愉快な顔を隠さず見せてくれていれば、自分だってここまで固執せずに、この友人関係は終わってしまったものと諦めることもできたのではないだろうか。茂が今までのように自分に笑いかけてくるから、まだ前のような信頼関係がそこにあるのではないかと期待してしまう。
 その日も、茂と一緒にゼミに出席しながら、高志は普段どおりに茂と会話し、いつもどおりに別れた。以前は授業後もたまに茂と時間を潰していたりしたが、今は茂も勉強があるのであまり長居をすることはないのが幸いだった。
 早めに体育館に向かって自主練から始め、20時まで汗をかく。体を動かすことは、いつでも高志の精神状態を少し浮上させてくれた。
 体育館を出て、部員達と一緒に大学前の道を駅へ向かう道中、ふと見知った顔が視界の端に見えて、高志はそちらに目を向けた。そこには、学生向けの洋食屋から出てきた茂と一人の女子の姿があった。茂がこちらを見るか見ないかのうちに、高志は目を逸らして歩き始めた。茂の声が聞こえた気がしたが、気付かないふりをした。
「――藤代って」
 声を掛けられ、腕を引っ張られる。振り向くと、茂が高志の腕を掴んでいた。
「……細谷」
「お前、無視すんなよな」
 笑いながら言う茂に、上手く笑顔が返せない。気付かなかった、と一言言えばいいのに。
「……ああ、悪い」
「今帰り?」
「うん。……じゃあ」
 そう言って、少し先で高志を待っている部員達の方に足を進めようとすると、もう一度茂に腕を引かれた。部員達はしばらく高志達の様子を伺っていたが、やがて高志に向かって軽く手を振ると先に駅へと向かい始めた。それを見て、高志は諦めて茂の方に向き直る。
「何?」
「何って」
「お前も誰か待たせてるんじゃないのか?」
 友達か彼女か知らないけど、と高志が言うと、茂は少しだけ眉根を寄せた。
「……藤代、今からうち来ない?」
「え?」
「もし時間あれば」
 突然の茂の言葉の真意を測り兼ねた高志は少し躊躇したが、結局首を振った。
「いや、やめとく。お前も、もう飯食ったんだろ」
「じゃあ明日は」
 自分の腕を掴んだまま食い下がる茂の表情を見て、高志は、もしかしたら自分は何か独りよがりの誤解をしていたのだろうか、と思った。しかし、数秒後に茂は腕を離した。
「……やっぱりいい」
「どっちだよ」
 思わず出た高志の言葉に、茂は「ていうか」と呟いた。
「俺は来てくれたら嬉しいけど」
「何で」
「……何で、って何だよ」
 茂の戸惑ったようなその言葉に、高志の方も困惑する。ひょっとして本当に今までのことは自分の誤解で、明日またゆっくりと話せば様々なことが解決するのだろうか。
「……じゃあ行く。少し遅くなるけど」
 明日は人が足りないため、部活後にヘルプでバイトに入ることになっていた。
「うん。何時でもいいよ」
「19時くらいになると思う」
「分かった。飯食うだろ?」
「うん」
「買っとく」
 茂が笑顔を作って頷いたので、高志も少し表情を緩め、「じゃあな」と言って別れた。

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