偽りとためらい(63)

 翌日、2限の授業が始まる前、高志と茂は大教室のいつもの定位置に座って授業の開始を待っていた。隣の席では茂が専門学校のテキストを広げ、一文を読んでは暗唱することを繰り返している。
 最近は茂が忙しくて、伊藤達とはしばらく会っていなかった。だから昨日伊藤に会ったのは久し振りだった。
 ……そう思っていた。
『藤代くん、この前のぷよぷよ会来なかったけど、もしかしてまた彼女でもできた?』
 昨日、伊藤は笑いながらそう言った。
 高志は頬杖をついて茂の横顔を見つめる。
 茂は、笑顔を見せながら心の中では一線を引けるやつだ。それは知っていた。
 ただ、自分が一線を引かれる立場になるとは思っていなかっただけだ。
――本当に、相手に何も悟られないようにできるんだな。
 普通に毎日笑いながら他愛もないことを話して、お昼も一緒に食べて、前と同じように隣の席で授業を受けて。だから全く気付かなかった。
 自分は違うと思っていたから、最近あまり遊べていないのは忙しいからだとばかり思っていた。でも違ったんだな。茂が自分と遊びたいと思わなくなっただけだ。自分だって、この前みたいに茂を怒らせてしまえば距離を置かれるのも当然で、何も特別じゃない。
 そんなことを考えながら茂の横顔を見ていると、テキストから顔を上げて暗唱しようとしていた茂がふと高志を見、その視線に気付いた。
「ん?」
「……いや、別に」
 高志は頬杖をついたまま薄く笑うと、視線を逸らした。 


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