続・偽りとためらい(14)

「――お前とさ」
 意識する前に勝手に口から出てしまった高志の言葉に、茂が振り向く。まともに目が合い、高志は少しして目を逸らした。
「……旅行でも行けたらいいけど、当分は難しいよな」
 口に出して、自分が思ったよりもあの約束を楽しみにしていたのだということを、高志は遅れて自覚した。結局行けないままだった卒業旅行。計画がなくなった直後に茂との関係そのものが切れてしまったせいで、今までそこを意識したことがなかった。
「あん時は結局行けなかったもんな」
 茂が少し申し訳なさそうにそう言ったが、すぐに「でも、またいつでも行けるだろ」と笑った。
「……いつ?」
「うーん、俺は本当は今月だと一番良かったんだけどな。試験終わった後、学校始まる前だし、ちょうど仕事も暇な時期みたいでさ。でもそれだと丸一年後になっちゃうしな。でも年末から3月までは繁忙期で余裕ないから……あ、ゴールデンウィークとかは?」
 8月の試験に向けて、本来なら勉強に集中したい時期だろう。そんな都合には触れずに案を出してくれる茂の言葉はありがたかった。しかし高志は首を振った。
「いや、それならいい」
「……何で? 無理だった?」
 少しだけ眉を寄せて聞いてくる茂の表情を見てどこか安心しながら、でもまだその表情から伝わってくるものを完全には信じきれないまま、高志は呟くように答えた。
「じゃなくて……それならまた、その頃に約束すればいいし」
 あくまで、その時まで付き合いが続いていればの話だ。今約束したって、本当に行けるかどうか分からない。その気持ちを読んだかのように、茂が黙り込む。
「……前の彼女とも、旅行の約束してて、でもその前に別れたから、結局行けなくてさ」
 高志は弁解するようにそう言った。それも本当のことだった。
「だから、あまり先の約束はしたくないっていうか」
 特に茂とは、まだ今は不確定な約束をする気になれない。
「そっか」
 茂は頷くと、しばらくして、明るい口調で「じゃあ、逆に来週は?」と言った。
「え?」
「俺、今ならまだ暇だし。来週の土日は? お前、土日休みだよな」
「休みだけど」
「どっか行く?」
「どこに?」
「別にどこでもいいんだろ? レンタカー借りてさ、一泊で往復できるくらいのところ」
 茂の唐突な提案は、それでもなんだかとても楽しそうに思えた。高志も乗り気になって聞き返す。
「いいな。お前どこ行きたい?」
「そうだなあ。まあ距離は片道三・四時間くらいが限度として、方角が北か南か東か西だとすると」
 しばらくあれこれと二人で考えた末に、「四国にうどん食いに行く?」と茂が言った。
「お前、蕎麦の方が好きなんじゃないのか?」
 北の方には、蕎麦が有名な観光地もある。
「でもさ、ドライブするなら、海の方が良くない?」
 ここからずっと西に移動し、明石大橋を渡って淡路島に行き、そこから鳴門大橋で四国に入る。確かに、車で移動するなら楽しそうなルートだった。
「そうだな。いいかもな」
「じゃあ決まりなー」
 茂は弾んだ声でそう言うと、スマホを取り出した。
「当日は適当に動けばいいけどさ、ホテルだけ取っとくか」
「ああ。その方がいいな」
 高志も自分のスマホで検索してみる。
「どこ行くとか決まってないから、場所では絞れないな。条件とかあるか?」
「俺、できれば露天風呂のあるとこがいいかなー」
「いいな。予算は?」
「相場ってどれくらいだろうな」
 予約サイトで検索をかけたらしい茂が、価格を確認して言う。
「そんなめちゃめちゃ高くはないな」
「二食付き? それともうどんばっか食う?」
「いやー、多分うどんはそんな何杯も食えない」
 茂が笑いながら言い、しばらくしてスマホの画面を高志に見せてきた。
「ここは? 旅館だけど。和室」
「――いいんじゃないか」
 基本情報欄や数枚の写真を確認してから、スマホを茂に返す。
「んじゃ、このまま予約してしまうな」
「あ、うん」
 正直に言えば、どんな旅館にするかは高志にとってはそれほど大きな問題ではなかった。予約入力中の茂に声をかける。
「それじゃ、レンタカーは俺の方で予約しとくよ」
「あ、まじ? サンキュ」
 画面を見たままそう言い、そのまましばらくスマホを操作している茂を、高志はまた見つめた。ふと口に出しただけの高志の希望を、こうやって本当に叶えてくれようとしているのが嬉しかった。
「あ、そうだ」
 予約が終わったらしい茂が声を上げる。
「まだお前とライン繋がってなかったわ」
 読んで、と画面を無造作に高志の方に差し出す。
「ああ」
 高志もスマホを掲げて、茂が表示させたQRコードを読む。再び茂が高志のラインの中に表示されたのを見て、しばらく高志は無言だった。
「じゃあ、旅館のURL送っとくなー」
 茂が能天気にそう言うのに対し、高志は作った笑顔で頷いた。

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