翌日の土曜日は、約束どおり希美と会った。今日は高志の部屋に泊まる予定もないため、お昼過ぎに駅で待ち合わせ、そのまま街をぶらつくことにする。どこか行きたいところがあるか聞くと、希美は商業ビルの高層階にある有名な展望台に行ってみたいと言った。この辺りではメジャーな観光スポットとなっているが、地元出身の希美はまだ行ったことがないらしかった。
「高志くんは行ったことある?」
駅から十数分の道のりを歩きながら、希美が手を繋いでくる。
「何年か前に一回行ったかな」
「それって、も」
言いかけた言葉を、希美が慌てて飲み込む気配がしたので、高志は思わず笑った。
「そう、元カノと」
「……ごめん」
「俺は別にいいけど。そっちが嫌じゃないなら」
「普通はそうだよねー。つい聞いちゃうけど、別に意味はないの。ごめんね」
行き交う外国人観光客もちらほらと目に入る中、やがて二人は目的のビルに着いた。中に入り、展望階に上がる。360度見渡せるこの空中庭園からは、周りに広がるビル群やその間を通る広い河川が見下ろせた。ゆっくりと回りながら、眼下の景色を見て回る。
「会社、見えるかなあ?」
希美に言われて、毎日通っている本社ビルを二人で探してみたが、よく分からなかった。
しばらく楽しんだ後、また下りのエレベーターに乗って地上に降りる。
「私も今度、大学時代の友達と会うことになったんだ」
ビルを出て、来た道を戻りながら、希美が楽しそうな声で話し出した。
「高志くんの話聞いてたら、私も会いたくなって」
「そうなんだ。久し振りに?」
「うん、卒業してから初めて。でね、今度の金曜日にみんなでご飯行くことになったから、できればまた来週も土曜か日曜にしてもらってもいい?」
「あ、ごめん。次の土日、ちょっと駄目なんだ」
希美に話そうと思っていたのに、忘れていた。
「来週、旅行に行くことになって」
「え? 旅行?」
「そう、昨日いきなり決まったんだ。ごめん、言うの忘れてた」
「友達と?」
「え、うん。前に話したやつ。昨日うちに来た」
「そうなんだ」
希美が心なしか怪訝な顔をしている。さすがに三週連続で同じ友達に会い、しかも今度は旅行というのは、少し妙に思えるのかもしれない。
「ほんとに仲いいんだね」
「いや、大学の時、そいつと卒業旅行しようって言ってたんだけど……色々あって、結局行けなかったから」
何故か少し言い訳するように高志は話した。話しながら、居心地の悪さを感じてしまう。
「だから何か、話してるうちに行くことになって」
「そうなんだね。どこに行くの?」
希美が、再び明るい口調で聞いてくる。内心ほっとしながら、高志も答えた。
「あ、四国。うどん食いに」
「へえ、楽しそう。車で?」
「うん」
下りのエレベーターの中で一度離した手を、思い出したように希美が再び繋いできた。
「その友達って、どんな人?」
おそらく希美は本当に知りたいというよりは単に会話を繋ぐために聞いたのだろうが、高志は一瞬だけ言葉に詰まった。いろんな感情が心の中で入り混じる。茂について一言では表現できそうにない難しさ。茂のことに軽々しく触れられたくないというかすかな不快感。茂を思い出すことで生じる懐かしさのような親しみ。
「何か……いっつも笑ってるやつ」
高志がそう答えた時、ふいに繋いだ手が後ろに引っ張られた。振り返ると、希美が立ち止まって高志を見つめている。
「どうかした?」
高志が問いかけると、希美は首を振ってから再び歩き出し、高志の横に並ぶ。高志もそれに合わせてまた前へと歩を進めた。
「何?」
「……ううん」
しばらく沈黙が続く。理解しにくい希美の反応に、高志は少しだけその空気を持て余した。
「その友達って……もしかして女の子?」
「は?」
やがて口にした希美の疑問は、高志には予想もつかないものだった。
「何で。男だよ」
「あは……そっか、ごめん」
俯く希美の無理やり作った笑顔を見ながら、「何でそう思うの」と聞いてみると、ややあってから、
「……『よく笑う子』って言ってたから」
と答えが返ってきた。
「ああ。男だけど、何かよく笑うやつなんだよ」
高志がそう言うと、希美はまた無理に笑う。
「そうなんだ。何かちょっと勘違いしちゃった。ごめんね」
希美の言葉の本当の意味に気付かないまま、高志は頷き、その場の空気を変えるように大学時代の友人について話し始めた希美の言葉に耳を傾けた。