続・偽りとためらい(13)

「うわ。まじで何もないな」
 開口一番、茂が感心したようにそう言う。高志は買ってきた飲み物をローテーブルの上に置き、そのまま座った。床にはこの前購入したクッションが置かれている。金曜日の今日、落ち合った後に適当な店で夕食を済ませてから、茂は約束どおり高志の部屋に来た。
「だからそう言っただろ」
「めちゃめちゃきれいだな」
 茂は部屋を見渡している。
「物がないから、散らかりようがないんだよ」
「だよなあ。俺ん家、ワンルームだから悲惨でさ」
「ワンルームのせいにすんなって」
 高志が笑いながらそう指摘すると、茂が腰を下ろしながら反論してくる。
「ばっかお前、ワンルームのせいに決まってるだろ。大学の時は二部屋あったからさあ、あの部屋にあった荷物全部詰め込んだら、ごちゃごちゃしてどうしようもなくて」
「はは。まあ、前の部屋は広かったよな」
「そうでなくても、俺、何かやたら物が多いんだよな。本とかゲームとか」
 お前ん家はテレビすらないのに、と茂が嘆く。
「しかも、今考えたら二部屋って良かったんだよなー。余計なものは奥の部屋に突っ込んどけば、いくらでも友達とか呼べたしさ」
「確かに。お前、奥の部屋は見せなかったもんな」
「あれは魔窟だった」
 そう言って笑う茂に、袋から取り出した缶ビールを手渡す。高志も自分の缶チューハイを手にとって、軽くぶつけ合った。
「ていうか、今の部屋も魔窟だけどさ」
「彼女は何て言ってんの?」
 高志の問い掛けに、茂が首を振る。
「まさか、うちには来たことないよ。人を呼べる部屋じゃないって」
「そうなのか」
「向こうの方がよっぽど広くていい部屋に住んでるしさ。大体、俺が向こうに行ってる」
 高級マンションに住む、年上の女上司。高志の頭の中に、何となくステレオタイプなイメージが思い浮かぶ。
「どんな人?」
「諒子さん? うーん、クールっていうか、大人?」
 割とイメージどおりな返答だった。
「まあ、でも無口とか無愛想とかではないし……頭いい感じかな。先生だしなー」
「周りはみんな知ってんの?」
「知らないよ。ていうかトップシークレットだよ」
「まあ、そうだよな普通」
「一歩間違えばセクハラだろ。俺のこと採用してくれたの諒子さんらしいし」
「え? そんな頃から目え付けられてたってことか」
 思わず声を上げてしまう。
「変な言い方すんなって。そりゃ印象悪かったら採用してないだろうけどさ、さすがにそこまで計画的じゃないんじゃない」
 苦笑しながらそう言う茂を見て、高志は口を閉ざした。そんな邪な視点で採用されたと考えるのは茂に対する侮辱にもなることに気付く。会話が一段落したところで、茂が缶ビールを口に運んだ。あごを上げて缶を傾ける。喉が動く。
 そうやって目の前の茂の顔を見ているうちに、高志はまた何か違和感を覚えた。自分でもそれが何か分からないままに、じっと見続ける。茂の顔が大学時代と変わったかと言うと、別に何も変わらない気もするのに、何だろう。茂が視線に気付く。
「何? またじっと見て」
「いや……誰かに似てる?」
「俺?」
「言われる?」
「いや、特に言われない。そんなに気になる?」
「うーん……何かな」
「まあ、しばらく会ってなかったしなー」
 さらっと茂が言う。それは口にしていいのか、と頭の片隅で高志は思った。大学の頃と同じだ。お互いに分かっているのに、お互いに口にしないことがある。
「お前さ、テレビ買わないの」
 茂がまた部屋を見回して聞いてくる。リラックスしたように、両手を後ろについて体を傾け、両足を軽く交差させている。その傾いた体に、相変わらず薄い腹だな、と思いながら、「さあ。そのうち買うかも」と高志は答えた。
「この部屋で暇な時って、何すんの?」
「まあネットしたり、出掛けたり、適当に」
 テレビがなくても、インターネットが使えればニュースなどもある程度分かるし、サブスクリプションの動画配信サービスで海外ドラマなども観ることができる。特に不便はなかった。
「ふーん。もしテレビあったら、ぷよぷよ、本体ごと無期限で貸してやるのに」
「そうか。また来月からゲーム断ちだもんな」
 相槌を打ちながら、もしぷよぷよを借りたら、返すまでは強制的に友人関係を継続することができるのではないか、などとつまらないことを考えてしまう。
「いや、どっちにしてももう就職してからはろくにやってなくてさ。さすがに時間ないな社会人は」
 そう言う茂の横顔を、高志はじっと見つめた。高志の部屋に来て何も気負わずに寛いでいる目の前のこの友人は、今、本心では何を考えているのだろうか。

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