偽りとためらい(87)

 高志が再び少しずつ腰を動かし始めると、茂も黙ってそれを受け止めた。この体勢なら、茂が自分に揺さぶられている様も、その表情も、全てを見ることができた。時折じっと高志の顔を見ようとしては、突き上げに眉を寄せたり、口を固く閉じたりしている。その光景は背中を見ながら入れるよりもずっとリアルだった。そして当たり前だが、いつもなら目に入る柔らかい膨らみはそこにはなかった。そのことを高志は妙に新鮮に感じた。高志よりも薄いその体は、それでも脂肪も薄くて、張りつめた胸筋や垣間見える肋骨の細かい凹凸がうっすらと見えた。それは紛れもなく男の体だった。その体で女を抱いていたくせに、どうして今お前はこんなことをしてるんだ、とまた同じ疑問が浮かぶ。しかしすぐに、こんな風に親友に突っ込んで気持ち良くなっている自分だって同じくらい頭がおかしいのだと思った。
 身を起こし、少し速度を上げて動いていると、ふと視野の片隅に、所在無げに腹部辺りを押さえる茂の手が見えた。一瞬、腹が痛いのだろうかと考えたが、すぐにその意図と躊躇いを察した高志は、立ち上がっている茂のそれを自分の手で握り、そのまま軽く擦ってやった。
「は……っ、ちょっと……」
 茂が敏感に反応する。声を上げると、頭を起こして高志の手元を見、その手をどかせようとする。
「触んなって」
「いいから」
 手を止めずに扱き続けていると、茂が首を振る。高志はなおも手を動かし続けた。
「……んっ……離して」
 やがて茂は軽く喘ぎながらそう言うと、手を間に滑り込ませてきた。起こしていた頭を下ろすと、「……自分でやるから」と言い、目を閉じて力を抜く。それを見て高志は手を離した。
 茂の手が緩く上下し始めたのを見て、高志も再び動き始める。茂は下半身の快感に集中するように、軽くあごを上げて目を閉じていた。止めることなく手を動かし続けている。息遣いからも徐々に余裕がなくなってきている。何となくその瞬間を見逃したくなくて、高志は目を閉じたままの茂をじっと見続けた。
 やがて茂のもう片方の手が動き、その先端を覆って放出を受けとめようとした。高志は思わずその手を遮った。茂は少しだけ目を開けたが、そのまま吐く息と共に短く声を洩らした後、一瞬の間をおいて精液を放った。白濁が茂の腹や胸に落ちる。最後まで絞り出した後、茂は全身の力を抜き、胸を上下させて荒い息をついていた。高志はしばし動きを止めて、茂のその様子に見入っていた。
「……AVかっての……」
 ぼそっと茂が呟くので、高志は「ごめん」と答えた。自分でもどうしてそんなことをしたのか分からない。茂がその瞬間を高志に見せたのは初めてだった。やがて茂はうっすらと目を開けて、「お前もイけよ」と囁いた。
 高志は再び動き始めた。いったんは落ち着いた茂の息も、すぐにまた速くなる。快感に集中しようとして、高志は無意識に目を閉じていた。それまでの律動によってそこは既に張りつめていて、もう少し動けば達しそうだった。
 動きながらふと薄く目を開けると、茂と一瞬だけ目が合った。すぐまた目を閉じる。好きなだけ見ればいい、そう思いながら、高志は頭を垂れ、夢中で動いて快感を追った。自分の荒い息遣いだけが聞こえる。昂まりきるまで擦り続けた後、やがてぎゅっと眉根を寄せて、高志は茂の中で達した。前屈みになって喘ぎながら、止まらずに動き続けて最後まで出し切った。
 目を開けると、じっと高志の顔を見ていた茂と目が合った。まだ肩で息をしながら、高志はその目を真っ直ぐに見返す。挑むように凝視しながら、俺が好きなんだろう、と強く思った。普段考えないようにしていたのに、何故か今だけ、そのことが頭を離れなかった。

 体を離した後、しばらく座り込んで気だるさを味わっていると、徐々に気持ちも落ち着いてきた。一つ溜息をついてから高志が何気なく茂を見ると、茂は先ほどと同じ体勢のまま、脱力して横たわっている。腕で顔を覆っていて、表情は見えなかった。
「……」
 高志は無言で手を伸ばすと、開いたままの茂の膝をそっと閉じて伸ばした。
 それから高志が服を着ても、茂はまだ動かなかった。高志は茂の体に付着したままの精液をティッシュで拭い取ってから、床に落ちていたタオルをその体に掛けた。
「……細谷」
 茂に伝えたいことがあった。
 しかし今までもそうだったように、高志にはそれを聞いた茂がどう思うかが分からなかった。また自分の勝手な思いだけをぶつけてしまうことになるかもしれない。茂に嫌な思いをさせるのかもしれない。しばらく逡巡した後、それでも高志は口を開いた。
「……俺はお前と友達をやめたくない」
 茂は特に反応しなかったが、高志はそのまま続けた。
「もしお前がしんどいんだったら、もう無理して笑ったりしなくていい。今日のことも今までのことも、なかったことにしてもいいし、しなくてもいい。どっちでもいい。……だから、お前と友達でいたい」
 しばらく沈黙が降りた。断られることも想像しながら、高志は茂の返答を待った。
 数秒後、顔を覆ったまま、茂が小さく頷くのが見えた。


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