偽りとためらい(86)

 今日も高志は茂のその変化を待った。茂の反応に注意を払いながら、高志は時間をかけて少しずつ動きを増していった。
「……っ」
 いつも以上に声を押し殺していた茂の口から、ごく小さな喘ぎが洩れた。初めよりもかなりスムーズになった自分の動きに合わせて、茂の呼吸も速くなっている。高志がわざと数回強めに擦り上げると、茂は息を乱し、仰け反るように肩甲骨を寄せた。更にしばらく律動を繰り返す。
 それから、高志は自分のそれを抜いた。
「え……、あっ!」
 振り返ろうとした茂の肩を掴み、高志はその体を強引に仰向ける。茂が驚いたように声を上げた。そのまま高志が茂の脚を大きく割り開くと、茂が咄嗟に自分の下半身を手で隠す。思わず高志は独り言のように告げた。
「どこを隠したって、どうせ男の体にしか見えない」
 そしてそのまま再び挿入した。注意深く入れたつもりだったが、茂が小さく悲鳴を上げ、高志ははっと動きを止めた。
 茂は体を硬くしてぎゅっと目を閉じていた。細かく震えているのが伝わってくる。両腕は下半身に伸びたまま、そこを高志の目に触れさせまいとしている。その様子は高志の中の苛立ちをきれいに消失させるのに充分だった。先ほどからの高志の冷淡な態度に、茂が何も感じていない訳がなかった。
「――ごめん」
 そう呟くと、高志は茂の両手を取り、そっと移動させた。
「……隠さなくていいから」
 小さい声で言うと、茂が薄く目を開ける。ごめん、ともう一度言う。
「痛かったか」
 茂は何かを確かめるように高志の顔を見た後、小さく首を振った。
 そのまま高志は真上から茂の顔を見下ろして、茂の顔の横に手をついた。茂も下からじっと高志の顔を見上げてくる。どちらも視線を外さないまま、しばらく見つめ合った。お互いの体が呼吸で小さく上下している。そうやって脚の間に身を割り込ませて間近から顔を見下ろすその体勢は、高志には馴染みがあった。
「……やってるみたいになってる」
 同じことを思ったらしき茂が、そう言う。
「やってるよ」
 高志が答えると、茂はかすかに笑った。
「お前がやりたがったんだろ」
 高志がそう言うと、茂は小さく頷く。それから遠慮がちに高志の後頭部に手を回してくる。引き寄せられるままに高志は顔を近付けた。唇が重なると同時に二人の舌が絡まった。その湿った音を聞きながら、本当にやってるみたいだ、と高志は思った。
 やがて唇が離れると、茂が小さな声で呼び掛けてくる。
「――藤代」
「ん」
 再び腕をついて見下ろす高志に、茂は何故か穏やかな表情で、
「ごめんな。嫌なことさせて」
と言った。
「……お前じゃなかったら、殴ってでもやってない」
 思わず高志がそう返すと、茂は一瞬笑おうとして、それからわずかに顔を歪めた。
 高志も気付いていた。いつもしつこいくらいに言う言葉を、茂はセックスの時だけは言わなかった。高志はその言葉を待っていた。いつものように『嫌なら言え』と言われていたら、嫌だと答えられたのに。茂はその機会を高志に与えることはなかった。


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