偽りとためらい(60)

 次の日、茂の態度はほぼ元に戻っているように見えた。木曜日の授業も金曜日のゼミも、以前のように茂は高志の隣に座った。普通に話すし、時折笑顔も見せた。佳代に関する話題は注意深く避けながらも、高志も意識して前のままのノリで話すようにしていた。
 ゼミが終わった時、「飯買っとく」と茂が言ったので、高志も「分かった」と答えた。
 部活を終えて茂の家に向かう道中、今日は特に必要になるかもしれないと思い、高志はいつものアルコール類を多めに買った。茂に袋ごと渡すと、茂は「多いだろ」と言って笑ったが、それがいつもどおりの茂らしい反応だったので、高志は安堵した。
 いきなり本題に入るのも躊躇われて、食事中は当たり障りのない話をした。専門学校の授業は予想どおり大変そうだ、などと茂が話す。
「でも、細谷はもう業種自体は絞れたんだから、あとはやるだけだな」
「そうだな。来年は就活と試験勉強で大変になるなあ。どっか内定貰えたらいいけど」
 いつもどおりの調子で話していると、どこかに残っていた緊張も徐々にほぐれていくのが分かった。食事が終わって、先にシャワーを済ませるのもいつもと同じだった。交代でバスルームを使い、缶ビールと缶チューハイを手に座卓につく。
「お前さ、今日は本当のこと話せよな」
 高志は最初にそう言った。話し合いをするのなら大事なことだと思ったからだ。
「え? ……どういう意味だよ」
「あ、嘘とかってことじゃなくて、遠慮とか気遣いとか無しって意味な。最後に怒鳴った時、お前、明らかに怒ってたよな?」
 高志の言葉に、茂は意味を理解した顔になり、「ああ。うん、まあ」と言った。
「でも別に藤代が悪いとかじゃない」
「いや俺が悪いだろ、どう考えても」
「うーん、じゃあ、まあそういうことでもいいけど」
「あの時も言ったけど、俺は伊崎さんのことは何とも思ってない」
「ああ、それは分かってる。ごめん、分かってて言った」
 茂は苦笑しながら言う。
「でもそれと同じように、俺も佳代ちゃんのこと、そういう意味では好きじゃないから」
 いきなり核心をついてきた茂に、高志は真顔になって言った。
「……うん。ごめん。その話はもう二度としない。何回も勝手なこと言って悪かった」
「いいよ。藤代が俺のために言ってくれてるのは分かってる。だからお前が悪い訳じゃないってそういう意味。俺が勝手にキレただけだから」
「もしかして、やっぱり前から嫌だったか?」
「ほんとに全然そんなことない。俺のために言ってくれてるって分かってるって言っただろ。今回だけ、何かかっとなった。怒鳴ってごめん」
 茂がそう言って、しばらく沈黙が降りた。一昨日まではあれだけ話し合わなければと思っていたのに、ここまででもう話すべきことを全て終えてしまったように思えた。次が思い付かない。本当に、禍根を残すような行き違いはもうなかっただろうか。
 高志が必死で思い返していると、沈黙を嫌ったのか、茂が話題を変えてきた。

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