偽りとためらい(59)

 高志がインターフォンを押すとしばらくしてドアが開いた。茂は高志の顔を見ると、視線を落として聞いた。
「……あがる?」
「うん」
 高志が答えると、茂はそのまま居間へと戻っていく。後について高志も入ると、座卓の上には専門学校の教材らしき問題集が広げられていた。
「ごめん、邪魔して」
「大丈夫」
 茂はそれらを閉じて床に降ろす。高志も茂の向かい側に腰を下ろした。
「……この前はごめん」
 高志が謝ると、茂は首を横に振った。
「俺が細谷の気持ちとか無視して余計なこと言って、不愉快になったと思う。ごめん」
「……いいよ。俺もごめん」 
 茂は俯いたままそう呟く。一度も高志の方を見ようとしない。
「細谷」
 こちらを見て欲しくて、高志は呼び掛けた。茂が顔を上げたのを見て少し安堵する。
「もしお前に許してもらえるなら、また前みたいに話したり一緒に授業を受けたりしたい。だから謝りに来た。……お前はもしかしたら俺に会いたくなかったかもしれないけど」
「そんなこと思ってない。……怒ってもない」
「でも、今日も授業さぼったの、俺のせいじゃないのか」
「会いたくなかったとかじゃない。ちょっと、どうしていいか分からなかっただけ」
 確かに、茂は怒っているというより途方に暮れているように見えた。もしかしたら、自分が今日まで連絡できなかったことを茂の方でも悪く解釈していたのだろうか。でもそれなら、自分がここに来たのに何故まだそんな表情をしているのだろう。高志は次に何を言うべきか分からず、黙っていた。
「……今日、藤代から連絡くれたし」
 茂がぽつりと言う。
「明日の2限と3限はちゃんと行く」
「そっか。良かった」
「明後日のゼミももちろん行くし」
「分かった」
「……」
 しばらくそのまま座っていたが、茂はもう何も言わなかった。その表情を見て、今日はもうこれ以上話せそうにないと思った高志は、
「明後日、また泊まりに来ていいか」
と聞いた。茂が小さく頷いたのを見て、高志も一つ頷き返し、そして立ち上がった。
「じゃあ、今日は帰る。ごめんな。また金曜に話そう」
 玄関まで見送りに来た茂に、「また明日」と言って、高志はドアを閉めた。


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