偽りとためらい(61)

「藤代、夏休みに彼女とかできた?」
「え?」
 急な話題転換に反応が遅れ、それから一瞬だけ咲のことが思い出されたが、高志はすぐに首を振った。
「できてないけど」
「一緒に花火大会に行ったの、女の子じゃないの?」
「そうだけど、そんなんじゃない。単にバイト先の人」
「じゃあキスしていい?」
と茂が聞いてくる。その顔を見て、今日は予告するんだな、と思った。
「仲直りのキスな」
「カップルかよ」
 いつものように冗談めかして言う茂に、高志もそう返す。しかし本心では意外に本気なのではないかとふと思った。男女なら本当にキスだけで仲直りできることもあるだろう。それで全て上手くいくなら楽でいいのに。考えていると、しばらくして茂の唇が触れた。
 約三か月ぶりのキスは、ゆっくりと触れる優しいものだった。高志がそう言ったからか、極力音もたてないようにしているのが分かる。咲とのキスの時に何故か茂の顔が思い浮かんだことを高志は思い出した。茂の唇の感触を唇に感じながら、高志もごく自然にキスを返した。
「――」
 茂がふと唇を離した。またすぐにしてくるかと思ったら、高志の顔を覗き込む。
「……お前、気とか遣わなくていいんだからな」
「え?」
 すぐには茂の言葉の意味が分からなかったが、自分がキスを返したことを言っているのだと気付いた。
「別に遣ってない」
 ついしてしまっただけだ。今日は何故か恥ずかしさも感じないし、勝手に口が動いた。
 高志の返事に茂はしばらく様子を伺っていたが、何も言わず、もう一度顔を近付けてきた。高志もまた流れのままに応える。しばらくそのままキスを交わす。たまにたつ音も今日は特に気にならなかった。
 しばらくして、自分の唇に触れる湿った感触に高志は気付いた。それはしばしの躊躇いの後に、隙間から入ってきて高志の舌に触れた。何も考えずに高志もそれに応える。茂は一瞬動きを止めたが、やがて更に舌を絡めてきた。徐々に深く、激しくなる。湿った音が部屋に響く。
「……お前、どうしたんだよ」
 どちらからともなく唇を離した後、茂がそう問いかけてきた。今までの高志の態度を考えれば無理もなかった。
「別に、何となく」
 自分でもいつもと違うという自覚はあった。少し考えてから、そうか、咲と寝たせいだ、と思い付く。別に好きじゃなくてもやれる。気持ちがなくても特に問題はない。そう思った。そんな風に思う今日の自分はどこかが麻痺しているということも自覚していた。今考えれば、何で前はあんなに恥ずかしかったのだろう。大したことではないのに。
「酔ってるのか?」
 茂に聞かれ、その言葉に高志は少し納得して「ああ、そうかも」と言った。食事の時から飲み始めたチューハイはもう3本目だった。そのせいか。
 しばらくすると、茂がまた近付いてくる。高志は何も言わず受け入れた。そしてそのまま、茂の気が済むまでずっと唇を合わせていた。


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