偽りとためらい(56)

第19章 三年次・9月

 9月後半、後期が始まり、大学生活が再開した。高志の生活もまた日常に戻り、毎日大学に通って授業を受け、空き時間には茂や他の友人達と話し、部活に通うようになった。
 アルバイトも、たまに入る日曜日を除けば平日の朝に週に一・二回入る程度となり、咲と顔を合わせる回数も激減した。ごくたまに顔を合わせた時には普通に話した。咲とは花火大会の待ち合わせの際に一応連絡先を交換していたが、その時から咲が連絡してきたことは一度もなかったし、学校が始まってからもそれは同じだった。いつも咲はバイトの終わり時間が合う時にだけ高志に声を掛けていたが、その時間が合わなくなったので、誘われることもなくなった。こうやって自然に終わるのがいいのかもしれないと高志は思った。

 一方、大学では、留学を終えた佳代と一年ぶりに再会した。
「佳代ちゃん!」
 後期が始まって数日が過ぎ、10月に入ったばかりのある日、授業が終わった後に高志が茂と廊下を歩いていると、茂が声を上げた。高志がそちらを見ると、髪が短くなって服の雰囲気も少しだけ変わった佳代が、少し離れた場所で振り向いて笑っていた。
「茂くん、藤代くん、久し振り」
「佳代ちゃんも! 留学お疲れ。どうだった?」
「何かあっという間だったよ」
「晴れてバイリンガル?」
「あはは。まだ全然、片言」
 茂は明るい表情で次々と佳代に話し掛ける。佳代も楽しそうに答えていた。一年のブランクがあるにも関わらず、二人は以前と全く同じように楽しそうに話している。久し振りに二人が会話する光景を目にして、高志は何故か懐かしさと少しの安堵を覚えた。
「佳代ちゃん、もう終わり? この後時間とかある?」
「うん、終わり終わり。お茶でもする?」
 そうやって話していた二人が高志を振り返り、佳代が「藤代くんも空いてる?」と聞いてくる。
「……いや、すげえ行きたいんだけど、今日、部活前にミーティングがあって」
 高志は咄嗟に嘘をついた。
「あ、そうなんだ」
「ほんと、久し振りだし行きたいけどごめん。また近いうちに」
 そう言うと、高志は階段の方に向かいながら、茂の肩を軽く叩く。
「じゃあ細谷、俺行くわ。伊崎さんも、また」
「おう。んじゃな」
「ばいばい」
 手を振る佳代に手を振り返して、高志はそのまま体育館へと向かった。


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