偽りとためらい(55)

 出し終えると、高志は自身を抜き、荒い息をしながら咲の隣に横たわった。そのまましばらく目を閉じていたが、呼吸が落ち着くに従って、気持ちが急激に冷めていくのが分かった。自分は何をしているんだという自己嫌悪と同時に、咲に対しても軽い嫌悪を覚え、咲が悪いんじゃないと理性を働かせながら、咲に背を向けて横たわっていた。やった後にこの態度は我ながら最悪だと分かってはいたが、何を取り繕う気にもなれなかった。遥香の時とはこんなに違うものなのかと思った。
 てっきり咲はいつものように無遠慮に絡んでくるものと思っていたが、意外にも、背を向ける高志に何も言わず、何もしなかった。しばらくして背後で起き上がる気配がしたかと思うと、咲が黙ったままベッドを降りてバスルームへと入っていった。その後ろ姿を見て、高志はまた罪悪感と自己嫌悪を覚えた。
 その後は必要最小限の会話しかしないまま、身支度して二人はホテルを出た。並んで歩きながら、咲は「暑いね」「こんな店あるんだね」など当たり障りのない話をしていた。道が分かれるところで別れようとした咲に、高志が「送ります」と言うと、咲は少し驚いたようだったが、それは咲のためというより、自分がこれ以上情けない思いをしないためだった。そのまま咲のマンションまで一緒に歩き、入り口の前で「ありがとう」と言う咲に一つ会釈して、高志はその場を後にした。

 咲は本当にバイト先で何も話さなかったようだし、その日以降、高志への馴れ馴れしい態度もなりをひそめた。当然他のスタッフも気付き、「ふったのか」などと聞かれたが、高志は何もしていないと答えた。そのため周りからは、高志がいつまでたっても不愛想なので、咲が飽きるか諦めるかしたのだろうと思われているようだった。しかし実際には、高志はその後も咲と何度か寝た。
 ある日、ホテル代を気にしたのか、自分の部屋に来ないかと咲が言ったので、高志はついていった。中に入ると、部屋の中は物が少なくあっさりとしていて、高志は意外に思ったが、少し前に離婚したという誰かから聞いた話を思い出した。
 強引さや馴れ馴れしさがなくなった咲と一緒に過ごすのは、それほど嫌ではなかった。愛想の良さはもともとの性格らしく、咲はよく喋った。ここに至ってようやく高志は咲に対して一人の人間として少しだけ興味を持ち出したが、その過去や自分たちの関係を考えて、敢えて何も聞かないようにしていた。前に言っていたとおり、咲は付き合いたいといった類のことは一切口にしなかったし、高志が好きだからというより、ただ誰かにいて欲しいのだろうと思わせることがたまにあった。高志も咲と付き合いたいとは思わなかった。咲と寝ることも気に入ってはいたが、終わった後に気持ちが冷めることだけは毎回変わらなかった。その冷たさが咲に伝わらないように、高志は意識して振舞っていた。


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