偽りとためらい(52)

第18章 三年次・7月

 梅雨も明け、本格的に夏がやってきた頃に前期試験が始まった。三回生になると授業にはゼミやその他の演習も増え、筆記試験を行う科目は少なくなる。高志はレポート等の課題に追われながらも、時間が空いてくるとすぐまたアルバイトの時間を増やした。夏季休暇に入ると高志の勤務できる時間帯も変わるので、一緒にシフトに入るスタッフの顔ぶれも変わった。
「おはようございまーす」
 その日、午後から勤務の高志が事務所の隅のカーテンで仕切られた更衣スペースで着替えていると、ドアを開けて入ってくる女性の声がした。そして高志が更衣スペースを出て挨拶をしようとするより早く、仕切りのカーテンが開けられた。
「ひゃっ」
 開けた女性は、中に人がいるとは思っていなかったらしく、高志の姿を見て声を上げた。そして慌ててすぐにまたカーテンを閉める。
「ごめんなさい」
「いえ、大丈夫です」
 既に着替え終わっていた高志は、中からカーテンを開けた。
 外にいたのは、確か石川咲という名前の、二十代後半の女性だった。平日日勤のレギュラースタッフで、ここで働き始めたのは数か月前だったと思う。シフトの入れ替わりの時などにすれ違ったことはあったが、一緒に働いたことはなく、話すのも初めてだった。
「お先です。お疲れ様です」
「あ、お疲れ様です」
 咲が入れ違いに更衣スペースに入る。高志はタイムカードを押した。ほどなく咲も出てきてタイムカードを押してから、壁に貼られた今日の勤務表を見て、
「藤代くん?」
と名前を確認してきた。
「はい、藤代です。石川さんですよね」
「石川です。よろしくね」
「よろしくお願いします」
 そう言って頭を下げた高志を見て、咲は何故か笑い出した。
「藤代くんって、何か体育会系っぽいね」
「はい、柔道をやっています」
「どうりで礼儀正しい訳だー」
 体もおっきいしね、と咲が軽く高志の上腕を撫でたので、初対面から随分と馴れ馴れしい人だな、と高志は思ったが、顔には出さなかった。しばらくして時間になったので、二人で店の方へ移動し、勤務を開始した。
 アルバイトスタッフのシフトは、早朝、午前、午後、夜、深夜など基本の区切りはありつつも、人手不足のためか比較的柔軟な入り方ができた。その都度スタッフが入れ替わりながら、常時数名のスタッフで店を回していくことになっている。高志は今日は夜までの勤務だったが、咲もたまたま同じシフトだったため、仕事を終えるのも同じ時間となった。
 事務所へ戻り、更衣スペースを先に咲に譲って、待っている間にスマホを確認していると、「お先でしたー」と言いながらカーテンを開けて咲が出てきた。高志は「お疲れ様でした」と挨拶し、入れ替わりに中に入った。
 着替えてから外に出ると、当然先に帰っていると思った咲がまだ残っていて、「あ、お疲れ様」と笑いかけてくる。高志は一つ会釈を返してから、鞄を持ってスタッフルームを後にした。咲もついてきたので、スタッフ通用口から一緒に外に出た。
「藤代くん、最近結構シフト入れてるよね」
「はい、大学が夏休みなので」
「じゃあまたすぐシフト一緒になりそうだね」
 そのまま途中まで並んで歩き、道が分かれるところで「ばいばい」と手を振って咲は帰っていった。高志も「お疲れ様でした」と応えてから、帰路についた。


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