「それでさ……あの小説で、男が男を好きになってたけど、それからどうするのかなと思ってさ、ちょっと聞いてみたかったんだけど」
「そうだったんですね。でもすみません、あれは所詮作り話なので、参考にはならないと思います」
BLはセオリーに則って描かれていることが多いので、生身の人間がいざ同性に恋愛感情を持った時、その個人の感情がどう動くかを必ずしも描けている訳ではない。
「まあ、そうだよな」
「それは、やっぱり恋愛感情で好きなんですか?」
つい色々と聞いてみたくなるが、興味本位の感情をなるべく捨てながらあかりは尋ねた。明るく振舞ってはいても、あかりの書いたあんな小説まで参考にせざるを得ないほど、おそらく茂は自身の感情について色々と悩んだのだろうし、今もほとんど話したことのないあかりに話さずにはいられないくらい、一人ではどうしようもなかったのだろうと思ったからだ。
「分からないけど、多分。何か、独占欲みたいなのはあって」
「でも触りたいとかはないんですね」
「キスは……たまに、したくなる」
茂はそう言うと、少し俯いた。
「でも俺、やるのはほんとに女の子がいいんだけどさ。ていうか彼女もすごいいい子だったんだけど……でも結局そういう風には好きになれなくて、別れた。そんでさ、気になるのは何故か男でさ、でもやりたいとかはなくて……だって男だし」
「ああ……そうですよね」
「これさ。もしずっとこのまま入れ違ったままだったら、この先死ぬまで俺、幸せになれなくない? ……とか思って」
「女の子は好きになったことないですか?」
「ある、と思ってたんだけど。ほんと、今まで自分のそういうの疑ったこともないし」
「じゃあ、たまたまその元カノさんが駄目だっただけで、これから好きになれるし体も上手くいく人がいるかもしれませんね」
「ん……」
茂は小さく溜息をついた。
「……男同士でもさ、やっぱりみんな好きになったら付き合いたいって思うの」
「え……と、BLでは、大抵そうですね、はい」
「そんで、やりたいって思うんだよね」
「まあ、ほぼそうですね」
「……だよな」
考え込むように俯いたまま、茂は言葉を繋いだ。
「……付き合いたいとかやりたいとか、そういうのないままで好きだって思っててもさ……どうしていいか分からなくて。向こうも明らかに女が好きだし」
「そうなんですか」
「……気のせいかなって何回も思ったし、もうやめようって何回も思ったのに、それもできなくて……段々としんどくなってきて」
「キスしたいっていうのは思うんですよね」
「……うん」
「それでその先はしたいと思わないんですね」
「うん。だって男だしさ。……女の子とは違うし」
「BLだと、相手を抱く気にならない場合、抱かれるという方法もありますが」
あかりが何気なく言った言葉に、茂は一瞬固まってしばらく黙り込んだ後、まじまじとあかりの顔を見た。
「……え?」
「え? あの」
「まじか」
「え、はい、まじです」
「……矢野さんって怖え」
それから茂は何故か笑い出した。一方のあかりは笑う茂を見ながら、頭の中で今聞いた話が妄想として広がってしまわないように自制するのに必死だった。さすがにそれは失礼すぎるし、話してくれた茂の信頼を裏切ることにもなる。そんなあかりの気も知らず、茂が言う。
「もし良かったらさ、今度何冊か本貸してくれない?」
「え、BLですか? はい、もちろん。どんなのがいいですか?」
「何か、地に足のついたやつ」
それは、恋愛に至る心理をもっと理解したいということですか、あるいはやり方を学びたいということですか。受けることにしたんですか。とあかりは聞きたかったが、当然、口に出せるものではなかった。
「でも、矢野さんの書いた小説面白かったし、矢野さんの好みでいいよ」
「分かりました。今度何冊か持ってきますね」
「ありがとう。ごめんな、変な話して」
茂はそう言って一つ笑うと、話題を変えた。