偽りとためらい(50)

第17章 あかり

 あかりの所属する文芸サークルと隣のイベントサークルは、毎年の新歓懇親会を合同で行うのを慣例にしている。今年はあかりも参加予定だった。
 当日は文芸サークルから11名、イベントサークルから14名の参加があった。最初は席も自然とサークルごとに別れ、あかりも近くの席の文芸サークルのメンバー達と話していたが、会が進むにつれて、徐々に参加者達も席を移動し、サークル関係なく好きに集まり出していた。
「矢野さん」
 会の中盤、声を掛けられてあかりが顔を上げると、茂が手にビールのジョッキを持って横に立っていた。ちょうど空いていたあかりの隣の席に腰を下ろす。
「あのさ、ちょっと矢野さんに聞きたいことがあるんだけど、いい?」
「あ、はい。何ですか?」
「前のさ、矢野さんの書いた小説のことなんだけどさ」
 茂は少し酔っているらしく、機嫌の良さそうな口調であかりに話し掛けてくる。あかりは飲めないため、烏龍茶しか飲んでいない。
「あれ、最後にあそこで終わってたけどさ、あの後、あの二人ってやっちゃうの?」
 あかりは、茂の質問に意表を突かれた。更に言えば痛いところを突かれた。
「えーと、それは読者のご想像にお任せするパターンで……」
 あかりは、BL小説につきもののベッドシーンを書くのが苦手だった。しかもサークルの会誌となれば、普段顔を合わせているメンバーに読まれることは必須なので、あの小説には敢えてそういうシーンを一切入れなかった。その逃げを指摘された気がした。
「そうなんだ」
 しかし、茂はそれ以上は特に追及せずに笑う。あかりはその顔をじっと見た。
 数か月前に茂と話した時、茂がわざわざ自分の書いた小説に興味を持った理由が分からず、あかりは、もしかしたら茂自身がそういう指向の持ち主なのではないかと少しだけ考えた。しかし、その後に茂が同じサークルの柴山麻由という後輩と付き合い出したと聞いて、自分の予想は外れていたのだと分かった。その麻由は、今日は不参加のようだ。
「もしかしてBLに興味が出てきてしまいましたか?」
「うーん、そういう訳でもないんだけど……」
 茂が何となく話したがっている様子だったので、あかりは続きを待った。
「……俺さ、彼女がいたんだけど。あ、麻由ちゃんの前に付き合ってた」
「はい」
「その子とさ……エッチとかもして、そういうのは全く問題なかったんだけど。その子のこと、結局ちゃんと好きになれなくて」
「そうなんですか」
「うん。それで、何ていうか、その頃から別に好きっぽい感じのやつがいて」
「柴山さんですか?」
「……それは違うんだよね」
 ごめん、ここだけの話、と小さな声で茂が言うので、あかりは頷いた。
「そいつのことはすごい好きなんだけど……でも、何かそういうのとかはしたいと思わなくて」
「前の彼女とは体は問題なかったけど気持ちがついて行かなくて、その女の子には気持ちはあるけど体には興味が持てないということですね」
「……」
 茂はしばらく黙っていた。それから、小さな声で「それ、男なんだ」と言った。
「ああ」
 あかりは思わず声を上げる。その言葉で、色々なことに納得がいった気がした。

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