偽りとためらい(53)

 その咲から花火大会に誘われたのは、その約二週間後だった。あの後まだ数回しか一緒に働いてもおらず、高志にとって咲はまだ他人も同然の存在だったが、それより少し前に彼女がいるかどうか聞かれた時、少しだけそういうニュアンスは感じ取っていた。
「私、今年になってこの辺に引っ越してきたから、まだ行ったことないんだ。藤代くん連れていって」
 正直に言ってあまり気乗りしなかったが、今彼女はいないと答えてしまっていたし、運悪く花火大会当日はシフトが夕方までだった。咲は馴れ馴れしいうえに押しが強く、高志は上手く断ることができずに、結局一緒に行くことになってしまった。
 去年と一昨年は高志も茂もそれぞれ彼女と一緒に花火大会に行ったが、今年はお互いに行くことはないなと休み前に茂と話していたところだった。現に茂は今年はもう帰省している。自分も行かないつもりだったのに、と高志は少し憂鬱になった。
 当日、待ち合わせの場所に行くと、咲が浴衣を着て待っていた。そこから会場に向かう道中、例年どおりのひどい人混みの中で、周りに押されたふりをしながら、咲が腕を組んできた。高志の腕に胸の柔らかい感触があたる。おそらくわざとだろうと思った。ある意味すごいな、と高志は冷静に感心した。
 花火は綺麗だったが、去年までとは気分の盛り上がりも異なっており、高志は何となく時間を持て余した。ちょうど二・三日前、茂に『結局バイト先の人と花火大会に行くことになった』とラインで愚痴ったところだったので、高志は暇つぶしに花火の動画を撮って茂に送ってみた。すぐに返信が来た。
 花火大会が終わった後、人の流れに乗りながら高志と咲も駅へと向かって歩いていたが、咲は当然のように再び腕を組んできた。やめてください、と言うのもおかしい気がして、高志はされるがままになっていた。咲はよく喋ったため、聞いているだけでよいという点では楽だった。高志の硬い口調が気になったのか、敬語はいらないと咲に言われたが、自分は年下なのでと高志が固辞すると、咲は不満そうな顔をしていた。
 その後も咲とはバイト先でちょくちょく顔を合わせることになった。その度に咲は馴れ馴れしい態度を隠さずに高志に絡んできた。高志はいつもどおりの口調で対応していたし、もともと口数が多い訳でもないのでそれ以上どうなるものでもないと思っていたが、徐々に周りのスタッフや社員からも咲の態度を冷やかされるようになり、高志はその都度、何もないと否定した。不愉快とまではいかないが、特に嬉しくもなかった。ただ男としての自尊心が少し満たされたのも事実だった。
 咲がバツイチだということもその時に他のスタッフから聞いた。離婚してとりあえず働くためにこの店でアルバイトを始めたらしいとのことだった。気を付けろよ、とからかい半分で注意されたが、高志には学生の自分に関係があるとは思えなかった。
 そのうち、終了時間が重なった日にはバイト終わりに咲にカフェなどに誘われるようになった。奢るからと引っ張っていかれ、断り切れない日には一緒にコーヒーを飲みながら咲の話を一方的に聞かされた。そして知らない間に名前で呼ばれるようになっていた。咲のその強引さに高志はまた感心した。自分だったら、相手から嫌がられるのが怖くてここまでできないだろうと思った。


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