偽りとためらい(25)

 その後、三限の授業に出るために食堂を出て大教室に移動した時、茂の違和感の原因らしきものが判明した。
 茂が売店に寄ってから行くと言うので、高志は先に教室に向かった。茂と高志は、空いていれば教室後方の窓側に座ることが多い。扇形に広がる階段状の座席はまだそれほど埋まっておらず、高志は今日もいつも座る辺りに席を取った。
 そのまま見るともなく入り口の方を見ていると、ほどなく茂が戻ってきた。すぐに高志を見付けて、こちらに向かってくる。そして何人か学生が後に続き、更にその後ろから佳代も入ってきたのが見えた。今日はいつもの友人達と一緒ではなく、一人のようだ。入ってすぐに通路を折れ、前方に歩いていく。
「あれ」
「何?」
 高志が佳代の方を見ていると、辿り着いた茂も高志が見ている方向を振り返った。
「伊崎さんだよな。お前に気付かなかったらしい」
「佳代ちゃん?」
 視線の先では、いつものように扉側前方の席に座った佳代が、鞄からテキストを出して授業の準備をしている。
 茂は少しその様子を見つめてから、佳代の方に歩いていった。
 去年から変わっていない茂と高志の定位置を、もちろん佳代も把握している。後ろの扉から入るとちょうど目の前に見える位置でもあり、大抵の場合、佳代は入ってすぐにこちらに気付いて、手を振ってきたり、たまには近くまで来て少し話していくこともある。今日に限って気付かないとは考えにくかったが、たまたま考え事でもしていたのだろうか。あるいは、単に茂が背中を向けている状態だったからかもしれない。
 近付いた茂が声を掛けたらしく、佳代が振り向いた。すぐに笑顔になり、茂を見上げている。茂が発した言葉に対して、笑って首を横に振っている。声は聞こえない。少し話した後、茂は手を振りながら踵を返した。佳代も手を振って応えていた。見ている限り、いつもの佳代だった。
「喧嘩でもしたのか?」
 戻ってきた茂に問う。茂は横に座って鞄を開ける。
「そんな風に見えた?」
「いや、見えない」
「佳代ちゃん、昨日休んでただろ」
「え、そうだっけ?」
 あいにく、二年次が始まってまだ間がなく、高志はどの授業が佳代と同じなのかをまだ把握していなかった。
「そう。体調悪かったみたい」
「ああ、それで」
 様子がおかしかったのか。佳代も、そして茂も。
「元気になったって?」
「って言ってたけど」
 テキストやノートを出し終えた茂が、ふと思い出したように高志の方を向いて、「お前、今日ぷよぷよだかんな」と言った。
「分かってる」
「泊まる?」
「一応着替えは持ってきた」
 茂は頷いた。
「あ、飯とか一緒に買っとくから、別に買ってこなくていいから」
「分かった」
「20時くらいだよな」
「それくらいになる」
 高志が答えると、茂は前を見たままもう一度頷いた。


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