偽りとためらい(26)

 練習が終わった後、予定どおり20時過ぎに茂のアパートに着いた。食べ物は必要ないと言われていたので、少し考えて、コンビニで缶ビールや缶チューハイを数本買った。前にサークル仲間がビールを置いていったと言っていたから、多分好きなのだろう。
 インターフォンを押すと、すぐに茂がドアを開けてくれたが、中から聞こえてくるはずの声や音が何故か全く聞こえてこない。妙な静けさを感じながら、高志はとりあえず靴を脱いで上がった。足元の靴の数も足りない。
「……ごめん」
 居間に入ると、予想どおり、そこには誰もいなかった。後ろから茂が小さな声で言う。
「サークルのやつらには、延期してもらうように頼んだんだ」
 高志が振り返ると、茂は高志を見ずに俯いて部屋の隅を見ている。
「言わなくてごめん」
「これ」
 高志がコンビニ袋を差し出すと、茂は気付いたように顔を上げて受け取り、「ありがとう」と言って冷蔵庫の方に行った。
 座卓の上には、買ってきたらしき惣菜や飲み物が袋のまま置かれている。茂がキッチンから戻ってきた。
「別にいいよ」
 高志は座卓の前に座りながら言った。
「何か話あるんだろ」
「……うん。ごめん」
「だから、いいって」
 茂も高志の斜め前に座った。袋から食料を取り出して並べる。ペットボトルのお茶をコップに注ぐ。
「とりあえず食っていいか?」
「うん」
 高志は割り箸を割って、適当に惣菜を食べ始めた。練習後のこの時間は、いつもひどく腹が減っている。
「俺、お前のビールもらってもいい?」
 茂が立ち上がりながら言った。「お前もいる?」
「今はいい」
 ビールを手に戻ってきた茂は、座ってプルトップを開けると、何口か飲んだ。それから沈黙が気になったのか、リモコンを手にしてテレビをつけた。そのままリモコンを高志に渡す。高志は何回かチャンネルを替えた末、ニュースを選んだ。
「お前、いつもニュースとか観てんの」
「他にいいのなさそうだったから」
 バラエティ番組の明るい笑い声が、今は耳に障る気がした。茂はビールを飲みながら画面を眺めている。
「お前も食えよ」
 高志がそう言うと、茂は面白そうに高志の方を見て、「俺、いっつもお前にそれ言われるな」と言った。そして割り箸を割って、少しずつ食べ始めた。
 そのままニュースを観、たまに二言三言話しながら、黙々と食べる。茂の話はおそらく佳代のことだろうと想像はついた。茂が話し出すまで、急かすつもりはなかった。
 とりあえず空腹が満たされるまで食べると、残った料理を指して「あと頼んでいい?」と聞いてみる。茂は「うん」と言ったが、おそらく端から食べ切る気はないだろう。つまみのように、ビールを飲みながら少しずつ食べている。
 授業の時、茂は高志が泊まるつもりかどうか聞いてきたから、おそらく話はある程度時間を要するのだろう。もちろん、高志も今更帰るつもりもなく、茂が必要なだけ付き合うつもりでいた。
「お前が食べてる間、シャワー借りていいか」
 であれば、それ以外のことは先に済ませておいた方がいい。そう考え、茂が頷いたのを見て、高志は着替えを持ってユニットバスに向かった。
 熱めのお湯で汗を洗い流す。シャンプーや石鹸などを適当に借りて体中洗う。歯も磨いた。シャワーを止め、ひとまず体を拭いたが、湯気の充満した中で服を着る気になれない。前は茂のサークル仲間がいたから仕方なく着たが、今日は茂しかいないので気を遣う必要もないかと思った。下だけ履き、上半身は肩からタオルを被って外に出る。

PAGE TOP