知らぬ間に失われるとしても(67)

 ジェルを伸ばした手で、前と後ろを同時にいじられる。以前と同じように、旭は目を閉じてそこの快感に集中しようとした。
 圭一の指がそこを穿ってくる。旭は意識して呼吸を繰り返しながら、全身の力を抜いた。以前よりも辛くない気がする。圭一が慎重に慎重を重ねているのが分かる。
「痛くない?」
「全然」
 まだまだだ。圭一のはもっと太かった。根気強く時間をかけてほぐしてくれる圭一に身を任せ、旭はあの時の感覚を思い出そうとした。でも、あの一瞬の衝撃は記憶に残っていても、実際にどれくらいの大きさだったかを把握している自信はなかった。
 出たり入ったりしている圭一の指が少しずつ開かれて、徐々に圧が増す。旭は再び、まだ大丈夫、と心の中で唱えた。ふと柏崎のことを思い出した。きっと二人も同じ経験を重ねている。だから大丈夫なはずだ。他の誰かにできるのなら、旭にもできる。
「……平気?」
「うん」
 いつからか、入り口よりも内側の感覚に自然と意識が向き始めていた。何度も内壁をこすられるうちに、鈍い感覚の中に何かが生じてくる。未知の感覚。これは何だろう。もしかして、もう少ししたら気持ち良くなるのかもしれない。ああ、柏崎くんに聞いておけばよかった。もちろん素の状態でそんな話できる訳ないけど。でも聞いておけばよかった。柏崎くんがどっちなのか知らないけど。そんなこと聞ける訳ないけど、でも聞いておけばよかった――
「気持ちいい?」
「え……」
 薄目を開けて圭一の方を見ると、少し血の上ったような顔色で、首を伸ばしてこちらを覗き込んでいる。旭は少しぼんやりとした頭でその顔を見返した後、正直に「……分かんない」と言った。
「何回かやったら……気持ち良くなるのかも……」
 気付かないうちに呼吸が速くなっている。目を閉じていたから、気持ち良さそうに見えたのかな。いや、もしかしたらこれが気持ちいいって感覚なのかな。
 再び目を閉じて、旭は溜め息をつくように声を漏らした。
「もう……」
 気持ちいいかどうか分からない。圭一だったら、もういい。全て任せてもいい。
「……お前の判断で、入れて」
 そう言ってからも、圭一は念入りにそこを慣らしていた。何度も出入りする圭一の指を圭一のものだと想像してみる。出て、入る。圭一の欲望。旭へと向けられる圭一の渇求。
「――旭」
 ふっと指の感触が消えて、旭は目を開けた。足元で何かのパッケージを破る音がして、しばしの後に、力の抜けたままの旭の両足が抱え上げられる。
「入れるから」
「ん……」
「――ちゃんと言えよ」
 太腿が腹に付くくらい深く体を折り曲げられる。そして旭のそこに指とは違うものが押し付けられた。少しずつ力をかけられ、めり込んでくる。充分に指で拡げられたはずのそこが更に押し拡げられ、皮膚が限界まで張りつめる。
「――ぅ」
 顎を上げて細かく息を吐く。眉を寄せ、閉じた瞼を更に強く閉じる。
「旭」
「……もっと」
 目を開けずにそう言う。
 視界が失われた状態では下半身に神経が集中する。圭一のものが少しずつ入ってくるのが分かる。熱い。体の中に熱が入り込む。腹の中を占領される。喘ぐように短い呼吸を繰り返す。
「旭、痛い?」
 圭一も少し息が上がっている。旭は首を振った。
「大丈夫だから、そのまま」
 圭一が少し進めるとぐっと奥まで圧迫され、思わずひゅっと息を呑む。
「ごめん、痛かったか?」
「大丈夫」
 少し落ち着いてから、旭は薄目を開けて圭一を見上げた。

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