知らぬ間に失われるとしても(66)

 裸で圭一と抱き合うのは初めてだ。
 肌に触れる滑らかな感触が気持ち良くて、旭からも体を密着させて圭一の背中に手を回した。圭一の手が背中を這い、唇が肩や首に触れる。
 再び布団の上に横たえられた後、すぐにハーフパンツと下着を脱がされた旭は、「お前も」と圭一にも促した。圭一は少し恥ずかしそうにしながら、それでも旭の言うとおりに全てを脱いだ。さっきは平気で旭の前で裸を晒していたのに何でだろうと思ったが、興奮の表れているその下半身が目に入った時に、その躊躇いの理由を理解した。その状態の圭一の体をちゃんと見るのも初めてだった。
 やがて、両手をついて旭の上に四つん這いになった圭一が、旭の体のいたるところに手で触れ、唇で触れてくる。圭一の後頭部に手を回し、旭は自らそれを受け止めた。キスしたくなってその頬に触れると、すぐに気付いて顔を上げてくれる。そうやって愛撫の合間に何度も唇を重ねた。
 何度目かのキスの後、旭は思い切って圭一の下半身に手を伸ばした。熱くて硬いそれをそっと握ると、それが手の中で反応したのが伝わってくる。一瞬だけ気持ち良さそうに顔をしかめた圭一に、旭は意外なほどの嬉しさを感じた。
 圭一に求められることで、不安に満ちていた旭の心が少しずつ塗り替えられていく。圭一の動きに応え、素直に反応を表す。圭一の体が徐々に下に移っていき、遠ざかったその熱いものから手を離す代わりに、旭は自分から足を開いた。
「――なあ」
 ジェルをその手のひらに出す圭一を見ながら、旭は声を掛けた。
「ん?」
「あのさ……そこ、なるべく柔らかくしといて」
「うん。分かった」
 圭一の真摯な声が返ってくる。でもきっと違った意味に解釈されているだろう。痛いのが怖いんじゃない。圭一をちゃんと受け入れられないのが怖い。
「痛かったら言って」
「うん」
「まじで、ちょっとでも痛かったら我慢すんなよ」
 前にも同じようなことを言われた。思い出しながら、旭は首を振る。
「我慢できないくらい痛かったら言うけど、ちょっとくらいは我慢する」
「駄目。我慢なんかしなくていい」
「でも、最初はどうしたって痛いだろ」
「それだったらしなくていい」
 圭一は淡々と答える。
「そしたらずっとできないじゃないか」
「お前に痛い思いさせるくらいなら、ずっとできなくてもいい」
「嫌だ。俺はしたい」
 語気を強めると、初めて圭一が口をつぐんだ。
「俺がお前を受け入れたいと思ってても、駄目なの」
「……でも」
「本当に無理だと思ったら、ちゃんと言うから」
 圭一が眉根を寄せて旭を見つめている。きっと、旭の体を気遣う気持ちと、旭の意思を尊重したい気持ちがせめぎ合っている。
「だからさ……入れる前に、できるだけ柔らかくして。そしたらきっと入る」
「……」
「痛い時は絶対に言うから。だから、言うまで抜かないで」
「……」
 やがて、しぶしぶ同意する、というように、圭一は無言のまま頷いた。

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