知らぬ間に失われるとしても(65)

 いつものように、圭一の呼吸を近くに感じる。
 緩んだ腕にもう一度力を入れて、精一杯、圭一にしがみつく。圭一は旭に体重を掛けないように四つん這いになり、上半身だけを低くして、旭の首元に鼻をすり寄せてきた。やがて首筋に舌が触れ、耳たぶが湿った感触に包まれる。
 右膝で圭一の下半身に触れてみると、そこは以前と同じように硬く反応していた。
「……する?」
「ん……」
 圭一はそれからもしばらく旭の首筋に顔を埋めていたが、やがて踏ん切りをつけたように身を起こす。
「――駄目だ。今日は無理」
「今日は? 何で」
「色々準備いるだろ」
 その時、旭はふとあることを思い出した。横たわったまま横を向くと、ベッドの下が見える。そこには、重ねられた雑誌やいくつかの箱類と共に、小ぶりの紙袋がひとつ置かれていた。手を伸ばして手繰り寄せる。
 旭がベッドの下からそれを引っ張り出したのを、圭一は意味の分からない表情で眺めている。肘をついて半身を起こすと、中に潤滑剤とコンドームの箱が入っているのが見えた。
「え……? 何だよそれ」
「あ、えっと、柏崎くんから預かってた」
 咄嗟に嘘を吐く。
「は? 何で」
「今日来る時、お前に渡しといてって」
 そう言うと、思い当たることのあったらしい圭一が口をつぐむ。
「……する?」
 もう一度聞くが、圭一は口をつぐんだまま答えなかった。
 旭は少しだけ躊躇った後、更に体を起こして、自分からTシャツを脱いだ。
「旭」
 圭一のTシャツにも手を掛けると、圭一はされるがままになっている。脱がされながら、
「お前、嫌じゃないの」
と聞いてくる。旭はそのままたくし上げて首から抜いた。
「嫌じゃない。お前としたい」
「……」
「お前に、したいって思ってほしい」
「したいよ。めちゃめちゃ」
 目の前には、露わになった圭一の胸がある。無意識に手を伸ばして触れていた。温かい。少し視線を落とすと、緩いジャージの布越しでもそこが隆起しているのが分かる。
「……お前、どっちがいい?」
 ふいにそう問われ、旭は圭一の顔を見返したが、すぐに何を聞かれているのかに思い当たった。
「お前は?」
「俺は……入れたい。お前が嫌じゃなかったら」
「うん。いいよ」
「ほんとに? 嫌ならちゃんと言って」
「嫌じゃない」
 真剣な顔で再び問うてくる圭一に頷き返しながら、旭は前回のことを思い返していた。翌日に全て忘れていた圭一の笑顔を思い出す。
 もう絶対に失敗できない。ちゃんと、圭一を最後まで受け入れなければ。

PAGE TOP