その後、しばらくしてからようやく旭は体を起こした。廊下に出ると、部屋のドアを開くのを見ていたらしい圭一がすぐにリビングから出てくる。そのままバスルームに案内してくれて、タオルも出してくれたが、結局、一度も目が合わなかった。
玄関から出た時、外の予想外の明るさに、一瞬目を細める。考えてみればここに来てからそれほど時間も経っていない。昼下がりの太陽はあらゆるものを明るく照らしていて、旭の気分とは裏腹に、世界はいたって穏やかに見えた。圭一はいつもの階段を降りようとせず、少し先のエレベーターホールまで歩いていった。
並んで歩いていても、圭一はやっぱり何も話さなかった。まるで何も話すまいと心に決めているかのようだった。声を掛ける勇気が出ず、旭も黙ったまま横を歩く。
「――圭一」
もうすぐ家に着く辺りまで来て、ようやく旭は口を開いた。
「ん」
「……ごめん、今日」
「何で。お前が謝ることじゃないだろ」
「でも」
怒ってるじゃないか。その言葉を飲み込むと、圭一がようやく旭を見た。
「俺が悪い。お前は嫌だとか言えないやつだって知ってたのに」
「別に嫌とか言ってないだろ」
「だから、そうやって言わないんだってこと」
圭一がわずかに苦笑する。
「違うって! ほんとに全然」
まだ家の前ではないのに、圭一が足を止めた。旭が振り返ると、早々に引き返そうとさりげなく距離を取り始めている。
「――じゃあな。俺のせいなのに悪いけど、今日はゆっくり休んで。ごめん」
言い捨てて、返事も待たずに踵を返す。旭は慌てて呼び掛ける。
「圭一!」
その声に足を止め、振り向いてくれる。でもこちらに戻ってきてくれる気配はない。言いたいことも言えそうになく、旭の勇気は早々にくじけた。
「……また明日。学校で」
「おう。また明日な」
いつもの癖か、最後に少しだけ笑顔を見せて軽く手を上げると、圭一はそのまま歩いていった。