知らぬ間に失われるとしても(42)

 最後に見せてくれた笑顔だけが、その夜の旭の拠り所だった。
 何度も思い返して自分を勇気づける。予想はしていたが、いつも来るラインも今日は来なかった。
――明日また圭一に会ったら、ちゃんと言おう。嫌なんかじゃなかったって。
 自分が圭一を受け入れたいと思ったから我慢したんだって。

 二学期初日の翌日、旭はまたいつものように急な坂道を登っていた。たくさんの生徒達が同じ方向へと歩いている中を、絶えず圭一の姿を探しながら歩く。
 ふと、視線の先に柏崎の姿が見えた。追いつこうと少し足を速めると、その後ろ姿が更に別の人間に声を掛ける。圭一だった。振り向いて、笑顔で何か話している。
 旭は最大限に歩調を速め、二人との距離を詰めた。柏崎がいるなら、圭一も通常モードで話してくれるかもしれない。そうしたらまた普段どおりに話せるかもしれない。
「おはよ」
 校門まであと少しのところで追いついて、旭は息を切らしながら声を掛けた。二人が同時に振り向く。
――圭一。
「おはよう、黒崎くん」
 まるでスローモーションだった。
 圭一の言葉に頭が真っ白になる一方で、振り返った顔が明るく笑い掛けてくるのにどこか安堵を覚えている自分もいた。
「おー、! !」
――自分ではない自分に向けられる笑顔なのに。
 圭一に何が起こったのかを、旭はすぐに理解した。

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