知らぬ間に失われるとしても(19)

「――どういう意味で?」
「付き合いたいって意味で」
 淡々と答えた旭に、圭一は何故か苦しそうな顔をした。あの日、圭一の部屋で見せたのと同じような。
「……何でそんなこと聞くんだよ」
 初めて圭一が目を逸らしたが、旭は何も答えずに待った。しばらく沈黙が続く。
 追い越していく生徒達が少しだけこちらを気にしているように見えたので、旭はゆっくりと歩き出した。圭一もついてくる。そのまましばらく二人で並んで歩いた。
「……何か、洩れてたか」
「別に」
「もしかして、それで怒ってたのか」
「……」
「もし気持ち悪かったんなら」
「答えろよ」
 最後通牒のように旭が硬い声を出すと、圭一は少しの間をおいてから口を開いた。
「……好きだよ」
「……」
 俯むき加減の視線の先には、並んで歩くお互いの靴のつま先が見える。そのまま歩いていた旭は、やがて顔を上げて圭一を見た。圭一も旭を見ていた。
「……付き合いたい?」
「……うん」
「そっか」
 再び前を向いて、そのまま歩く。圭一が何か言うのを待ったが、何も言わなかった。
 何か理解しがたいことが起こっているのは分かっていた。でもその深刻さは旭にとってどこか遠い出来事だった。ただ、驚くほど心が軽くなったことだけを実感していた。
――良かった。
 圭一はいつもの圭一だった。旭が信頼していた、そして旭のことを好きだと言った、好きなままの圭一だった。
 帰り道の分かれる交差点に来た時、旭はごく自然に圭一の家の方向に進んだ。圭一が気付く。
「……うち来る?」
「うん」
 それからまたしばらく歩く。
「黒崎。もし、嫌じゃなかったら」
 旭が振り向いても、圭一は足元を見つめていた。
「俺と付き合ってほしい。――付き合えるかどうか、考えてみてほしい」
「うん」
 頷く。はっとこちらを見た圭一に、「いいよ、付き合っても」と旭は言い加えた。圭一が小さく口を開けたまま固まる。
「……お前、男と付き合えんの」
「分かんないから、試してみる。それでもいいだろ?」
 今度は圭一がおずおずと頷く。驚きや困惑の入り混じった顔で自分をじっと見つめる圭一を見ながら、旭はあらためて安堵を覚えていた。いつものまっすぐな、裏表のない圭一だ。俺のことが好きで、でも男同士だから葛藤していて、それで今は俺の返事にむしろ戸惑っている、そんな心境が全部こちらにも分かるような、素直な圭一。
 旭の顔は自然と綻んだ。
――良かった。圭一が自分を欺こうとしていたんじゃなくて。

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