「――なあ」
やがて、空気を変えるように、茂が明るい口調で聞いていた。
「ジェルって、コンビニに売ってると思う?」
「え? さあ……なさそうだけど」
いきなり変わった話題に、高志はとりあえず答える。
「だよな」
それから茂は、足元の鞄から財布を取り出した。何かカードを出そうとして、思い出したように一万円札を高志に差し出す。
「そうだ、これ返す。払っといたから」
「いや……いいよ」
「いいから。来年、受かってたら奢ってくれるんだろ」
高志が手を出さずにいると、茂はお札をローテーブルの上に置いた。それから、財布から免許証を取り出した。
「これが俺の住所」
今度は高志の胸に押し付けるので、思わず高志は受け取った。
「表のは実家な。住民票移したから、裏に今の住所も載ってる」
「……ああ」
「写真とか撮っといてもいいよ」
高志は手の中の小さなカードを見つめた。見慣れない地名が記載されている。「読めない」と言うと、茂が笑いながら読み方を教えてくれた。どこなのか分からない、田舎らしい住所表記だった。それから裏返すと、こちらは見慣れた地名が載っている。高志はもう一度だけ表側を見てから、茂に返した。
「俺、今日泊まってもいい?」
「ああ、うん」
「そんで明日、ドラッグストアが開店する頃に、ジェル買いに行こう」
茂がいつものように穏やかな笑顔を浮かべて、そう言う。
「……うん」
そう答えた高志の表情を、茂はしばらく見つめていた。それからしゃがみ込んで鞄を開けると、免許証を入れた財布をまた戻した。
「お前、昔、俺に『彼女を優しく抱いてやれ』って言ったの、覚えてる?」
「え……ああ。言ったな」
佳代のことだ。その時の会話は覚えていた。
「それ聞いてさ。お前も女の子を抱く時、すごい優しくしてやるんだろうなって思って」
優しく、と言えばそうかもしれない。でもそれは男ならごく普通のことだろうと思った。高志に限らず大半の男は、そして茂自身だって、きっとそうしているに違いない。
「――それで俺も、お前にそうされてみたかったから」
しゃがみ込んだまま、小さな声で茂が言う。高志は何気なく聞いていたが、一拍遅れて、それが自分の問いに対する答えであることに気付いた。
「……だったら期待外れだったんじゃないか」
少しだけ苦々しさを感じながらそう言うと、「何だよ。じゃあ女の子にはもっと優しいってこと?」と茂が冗談ぽく笑う。
面と向かって肯定することもできず、高志は何も答えなかった。あの頃の自分の態度に悔いだけが残っていた。その表情を茂がじっと見上げてくる。
「なら……俺にもそうしてよ」
茂が小さな声でそう言う。高志は一瞬だけ躊躇った後、「うん」と答えた。