偽りとためらい(54)

「高志くん、帰ろう」
 その日もまた、終わり時間が咲と同じだった。やはり断り切れず、高志は無言のまま、咲と一緒に通用口を出た。またカフェにでも連れて行かれるのかと思っていたが、その日はいつもと少し違う道を進んでいることに気付く。「どこに行くんですか」と聞いてみたが、咲は「いいから」と答えない。結局十分ほど歩かされて、着いたのはラブホテルだった。
「ここ入ろう?」
 咲が高志の腕を掴んだまま中に入ろうとするので、さすがに高志は足を止めた。
「いや、ちょっと待ってください」
「何で? いいじゃない、嫌?」
 抗う高志を無理やり引っ張っていけるだけの力はさすがになく、咲は腕を組んだまま、高志の顔を覗き込んできた。
「彼女いないんでしょ。大丈夫、付き合ってとか面倒なこと言わないし」
 眉を寄せる高志の顔を見ながらそう言い、両腕を絡ませた高志の腕に胸を押し付けてくる。夏の薄着越しに柔らかい感触が伝わってきた。
「誰にも言わないし、絶対にバイト先でも喋らないから」
「でも、ちょっと」
「高志くんが私のこと好きじゃないのも分かってる。でもお願い」
「――」
 しばらく咲と見つめ合う。咲に対して恋愛感情などはなかったが、抱けるかと言えば、充分に抱けそうだった。咲の大きな胸やすらりとした脚は悪くなかった。高志は自分の中の欲を自覚し、しばしの葛藤の後に、体の力を抜いた。そしてそのことにすぐに気付いた咲に引っ張られる形で、高志は中へと入っていった。

「石川さんは俺のどこが気に入ったんですか」
 部屋に入ると、高志はそう聞いてみた。高志が自分を好きではないことは分かっていると先ほど咲が言っていたが、高志もまた自分が咲に気に入られる理由に思い当たらなかった。
「えー?」
 咲は高志から鞄を受け取ると、自分のものと一緒にソファの上に置いた。
 そして振り返ると、笑いながら「体」と言った。それから高志に抱き付いてきて、高志の背中に手を回し、胸の厚みを確かめるように頬を当てる。そして「後で見せて」と言って離れた。咲のその答えは少し予想外だったが、聞いてみれば妙に納得できるものだった。
 その後は交代でバスルームに入り、お互いにバスローブをまとってベッドの上に乗った。
「キスしても大丈夫?」
 向かい合った咲の問いかけに高志が頷くと、咲から唇を寄せてくる。それを待ち受けている時に突然、同じようにキスしようと近付いてくる茂の顔が脳裏に浮かんできたため、高志は内心狼狽した。慌てて打ち消すようにきつく目を閉じたが、何で遥香じゃなくて茂なんだと自分に苛立った。ほどなくして触れた咲の唇の感触に殊更に意識を集中させ、敢えて自分からも積極的にキスを返すことで、高志は脳裏の影を振り払おうとした。そのまましばらくお互いの唇をむさぼり合い、舌を絡め、それからどちらからともなくバスローブを脱がせあった。高志はゆっくりと咲の体を押し倒した。
 高志の体が気に入ったと言った咲は、言葉どおり、高志の裸の胸や腹部、腕などを触り、筋肉の感触を確かめては唇で触れ、「きれい」と言った。高志も思うままに咲の体を愛撫した。高志に触られると咲は声を出した。しかしその声には演技のような不自然さがあった。高志のためというより経験から身に付いた癖のようなものだろうと思われたが、耳に入る限り違和感が続くので、気が付けば高志は咲の口を手で塞いでいた。咲が驚いたように目を開けて高志を見たので、はっとして手をどけた高志は、ごまかすように唇を重ねた。
「もう入れてもいいすか」
 頃合いを見て高志はそう言ったが、口に出して、さすがにこの場面で敬語は不似合いだと思った。言葉にすれば二人の関係の浅さがあらためて浮いて出た。咲は頷いた。
 咲の様子を見ながら、高志はゆっくりと中に入っていった。最後まで入ると、久し振りに味わうその快感に高志は思わず溜息をついた。
 それから徐々に動き出し、更なる快感を追う。咲の声は相変わらず耳に入っていたが、もう気にはならなかった。遥香と別れてからしばらく味わっていなかった感触に高志は夢中になった。そうして律動を繰り返し、思うままに快感を高めていよいよ頂点に達したところで、高志は息を詰めて射精した。

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