偽りとためらい(89)

 しかしその後、高志の予想に反して、茂の就職活動は思うように進んでいないようだった。
「ほとんど書類選考で落ちてるかなあ。エントリーフォームとか無いとこばっかだから郵送するんだけど、あれ、写真とか郵便代とかも結構ばかにならないよなー。落ちても返してくれるとこ少ないし」
 11月に入り、カフェで話している時に、珍しく茂が弱音を吐いた。
「大学に来てる求人は新卒前提だからいいんだけど、数が少ないし、他で探すとやっぱ未経験てだけで落とされる」
「ああ……その辺、やっぱ一般企業の新卒採用とは全然違うんだな」
「分かってはいたけど、やっぱ気が滅入るなー」
「……そうだな」
「だから最近は、卒論やってる時が一番気が楽でさ。やっただけ進むし」
「勉強の方は?」
「まあ、それも今のところ去年よりは楽。一科目だけに専念してればいいから」
 高志は半年前を思い出した。その頃就活中だった高志も、やはり精神的に追い詰められたことが何度もあった。そしてその時、こうやって茂と話す時間が、気持ちを切り替えられる大事な時間だったことを思い出す。その茂は、少し俯いて手元のコーヒーを見ている。
「……やっぱり、前期からちょっとずつ就活しとけば良かったかな」
「ばか、お前、そんな風に考えんなよ」
 ぽろりとこぼれた茂らしくない呟きに、高志は思わずきつく反論する。
「その考え方は不毛だって、お前だったら分かるだろ。過去のこと言ったって解決にならないし、大体、あんなに頑張ってた自分を否定すんなよ。就活してたらできないくらい勉強したんじゃないのか」
「うん……まあ。それで受かってたら報われるけど」
「受かってるに決まってんだろ」
 そう言い切った高志に、茂が苦笑する。
「ほんと、藤代はいっつも俺を買い被ってくれるよな」
「お前が自分に自信なさすぎなんだよ」
「そうかな。でも自惚れてたらさ……落ちてた時に落ち込むし」
 再び俯く茂の表情を見ながら、高志は静かに問い掛ける。
「お前、試験終わった時、自分でどう思ってた?」
「え?」
「あの時、お前はやれることはやったってすっきりしてたように見えたけど、違うのか」
 試験の次の日、会った時の茂の表情を思い出して高志はそう言った。茂が頷く。
「……うん。あの時はそうだった」
「そういう手応えみたいなのって、当たるもんだろ」
「でもそれは客観的な評価とは違うし。自己満足と結果はまた別だから」
「じゃあ、もし今過去に戻れるとしたら、お前がこの一年間に実際にやってきた以上のことができるのか」
 その言葉に、茂はじっと高志の顔を見る。しばらく考えていたようだったが、やがて首を振った。そして笑って言う。
「やっぱり藤代はすごいな」
「え?」
「ずっと柔道とかやってるとさ、そうやって体だけじゃなくて精神的にも強くなるんだな」
「お前も充分強いから卑下すんなよ」
「……かっこいいな、お前は」
 笑顔のまま俯きがちに言う茂に、それ以上は言葉を返さず、代わりに高志は別のことを聞いた。
「そう言えば、結果っていつ出るんだ?」
「ああ、12月中旬くらい」
「12月?」
 予想外の返答に、高志は驚く。試験が終わって三か月以上経つから、いくら何でもそろそろ出るのだろうと思っていた。試験が8月頭だったから、結果が出るまで四か月以上かかるということになる。
「四か月って、一年の三分の一じゃないか」
「はは。だよなー」
 その間ずっと心配していないといけないのはさすがにきつそうだな、と思う。
「まあ、でもとりあえず受かってると思って別の科目を選んだんだろ。考えたって仕方ないし、そっち頑張っとけよ。な」
「うん。分かった」
「あ、でももし受かってたらさ。それ履歴書に書いたら、アピールにもなるんだろ」
「ああ、まあ多少はなるかも。実務が未経験なのはどうしようもないけど、本気度とかはある程度伝わるかな」
「なんだ。だったら長期戦でいけよ。それまでは縁があれば拾うくらいのつもりで就活すればいいんじゃないか。結果が出たらまた変わるだろ」
 そうやって思い付くままに喋っていると、ふと茂が微笑みながら自分を見ているのに気付いて、高志は少しばつの悪さを感じた。
「……悪い。偉そうなこと言って」
「え? 何で」
「いや、俺が言えることじゃなかったと思って」
 自分だって、内定がもらえたのは運が良かっただけで、一つ違っていれば今でもまだ就活を続けていたかもしれない。そして疲弊して自信を失っていたかもしれない。あまり他人に偉そうに言えることではないと思って、高志は口をつぐんだ。その様子を見て茂が笑い出す。
「何だよ。お前、強いくせに謙虚って最強だな」
 冗談ぽくそう言った茂の口調は、それでもさっきよりもかなり明るくなっていた。
「でも、ちょっと気が楽になった。ありがとな」
 そう言う茂に、高志も少し笑い、「なら良かった」と返した。

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