偽りとためらい(83)

 高志と入れ違いに入った茂も、しばらくしてバスルームから出てきた。冷蔵庫の缶ビールを取り出してから居間に来て高志の横に座る。髪が濡れていて、タオルを肩に被っている。
「やるか」
 音を立ててプルトップを開けて、茂は一口飲んだ。
「うわ、何か月振りだよ」
「昨日はやらなかったのか、他のゲームとかも」
「うん。せっかくだし、今日藤代と一緒にやろうと思ってさ」
 ビールを床に置いて、コントローラーを手に取る。
「だから昨日は、読めてなかった本とか漫画の新刊をひたすら読んでた」
「せっかくゲーム解禁したんなら、ぷよぷよ以外にもっとやりたいゲームとかあるだろ」
「あ、うん、ちょっと前に出たやつずっとやりたくてさー。もう買ってあるんだ。明日からはしばらくはそればっかだな」
 茂が嬉しそうに話す。
「でもそれは一人でできるから。明後日から実家帰るんだけど、向こうではゲーム三昧だろうな。ていうか、夏休み中はもう卒論も就活もやらないことに決めたんだよね」
 それを聞いて、高志は少し驚いた。
「へえ。それはまた思い切ったな」
「まあね。でも、さすがにちょっと休憩しないと無理」
「そっか。まあ、でも細谷なら後期から頑張れば大丈夫じゃないか、多分」
「だといいけどなー」
 対戦モードを選択してゲームを始める。高志にとってはかなり久し振りのプレイだった。そしてふと伊藤たちのことを思い出す。
「そう言えば、あいつら元気?」
「サークルのやつら? 俺もあんまり会えてないんだけど」
 お互いに画面を見つめながら話す。
「伊藤と水谷は就活中みたい。山田は院に行くって言ってた」
 あいつ理系だから、と茂が言う。
「へえ。だからぷよぷよも上手いのか」
「はは。理系だからかどうかは分かんないけど、あいつ上手いよな」
 茂はそう言うが、高志は茂にもあまり勝てたことがなかった。その日も何度か立て続けに対戦したが、茂の勝ちの方が多かった。しばらく続けて、いったん小休止を取る。
「今日、まじで徹夜でぷよぷよすんの」
「まあ、どうせ途中で眠くなるだろうけど。何で? ぷよぷよ飽きた?」
 高志の問い掛けに、茂が屈託のない表情で聞き返してくる。
 どうして茂はこんな風に何でもないように話すことができるのだろう、と高志は茂のその表情をじっと見返した。自分は茂のように何もなかったような顔が上手くできない。この部屋で起こった全てのことを、自分達は共有している。その行為も、茂が見せた涙も、高志に向けた感情も全て。分かっていて、その話を避けている。そして避けていることもお互いに分かっている。
 そうやって知らないふりをするくせに、どうして今日また自分をこの部屋に呼んだんだ。その先の自分達の関係がどうなるのか考えたりしないのか。どうなろうと気にしないのか。
「――なあ。今、俺の顔じっと見てるのは分かってる?」
 茂も高志の顔を見つめながら言う。ふっと笑う。
「今は何考えてた?」
「……ぷよぷよのこと」
「ふーん」
 笑いながら、茂は高志から目を離さない。嘘を見抜かれている気分になり、高志は目を逸らした。
「お前に全然勝てないし」
「まあ、藤代はここでしかやってないもんな」
 茂はビールを床に置き、コントローラーを手に取った。
「もう一回やる?」
「うん」
 高志も床に置いていたコントローラーを再び持つ。茂がゲームをスタートさせた。
 ゲームに集中すれば気分が変わるかもしれないのに、頭の片隅にずっと別のことがこびりついていて、上手く入り込むことができなかった。それでも、高志は殊更に熱中しているように振舞った。ゲームをしている間は少なくとも他のことは起こらない。何回かゲームオーバーになったが、茂に続けるか聞かれる度に、高志は続けると答えた。


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