偽りとためらい(73)

第22章 四年次・4月

 高志は現状維持を選んだ。
 それからも何度もあの夜のことを思い返してみたが、その事実に衝撃や驚きはあっても、何故か後悔はなかった。もちろん、何であんなことをしたんだろう、そうせずに済む方法があったんじゃないかと冷静な頭では何回も何回も繰り返し考えたが、あの日の茂の言葉や涙を思い出せば、やっぱり今でも同じことをするのかもしれないと思った。
 自分が男とやることなど考えたこともなかったが、茂との友情を失うことに比べれば、そのことはそれほど大きな問題ではないようにも思えた。やってみればできた、というのが事実だった。それより前、いつの間にか茂のキスを受け入れるようになっていた時点で既に何かが狂っていたのだろうけど、あまりにも自然でそれに気付かなかった。
 そうやって何度も思い返しながら、高志は少しずつ自分の気持ちを整理した。自分はこの先どうしたいのだろうと考えてみる。そして、自分の望みは今までと変わらない茂との友人関係をこのまま維持することだ、と結論を出した。茂は何も言わなかった。茂が自分に対してどういう気持ちでいようと、それを言葉にしてこない限りは自分も考えないことにした。そこを追及すると友達でいることが難しくなる気がした。茂と友達のままでいたかったし、逆にそれ以上になるつもりもなかった。そのために茂にも、何も言わずに表面上だけでも取り繕っていてほしかった。それはお前の得意技だろう、と思った。
 高志の望みを悟ったかのように、茂は月曜日以降も特に態度を変えることはなかった。少し言葉数が減ったようにも思えたが、いつものように高志の隣の席で授業を受け、高志と一緒に昼食を取った。特に高志を避けることもなく、といって前以上の親密さを見せることもなかった。お互いにあの夜のことには触れなかった。
 自分の隣に座っている茂の姿を見て、高志はたまにふと違和感を覚えることがあった。この男と寝たのだと考えてみても、少なくとも大学で見る茂は単に仲の良い友人でしかなかった。高志が茂のことを友達としてしか見られないように、隣にいる茂の態度からも、高志に対して友達以上の感情を持っている様子は全く窺えなかった。あの夜の暗闇の中で起こったこと、茂の言葉、二人の行為、それだけが現実から切り離された異様なものとして記憶に残っていた。
 そう、何も変わらないのだ、と思う。それは茂にとっても同じだろう。茂が何故あの行為を求めたのかは高志には分からなかったが、おそらく茂にとってそれほど良いものではなかったはずだ。今まで女の体で得ていたであろう快感や興奮がそこにあったようには見えなかった。それでも、ああすることで茂が何らかの踏ん切りをつけることができたのであれば、それはそれで良かったのかもしれない。
 それからすぐに年末年始休暇が来て、1月の短い授業が始まっては終わり、後期試験も終わって、三回目の長い春季休暇が来た。茂はいつものように帰省して地元で勉強に集中するとのことだったが、高志やその他の学生達は本格的に就職活動を始めた。


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