偽りとためらい(72)

 服を身に着けた後、高志はそのままの暗闇の中で待っていた。やがてバスルームから聞こえていた水音が止まると、ドアが開いて茂が出てくる。バスルームの照明に照らされた茂は、先ほどと変わらずTシャツだけを着た姿で、細い脚が光の加減で余計に細く見えた。茂は居間に戻ってくると、床に落ちていたタオルで濡れた下半身を拭い、服を着た。高志は立ち上がり、照明を付けた。
 そのまま高志は座卓のそばに座ったが、茂は部屋の隅に座り込んだまま動かなかった。
「大丈夫か」
 声を掛けると、茂は浅く頷く。
「痛くないか」
「……痛い」
 茂の返答に何と声を掛けるべきか分からず、高志は黙った。しばらく沈黙が続き、高志は気まずさを抱えたまま、じっと座卓の上を見ていた。
「お前……言葉攻めかよ」
「え?」
 ぽつりと茂が呟いた言葉の意味を高志は一瞬つかみかねたが、すぐに自分が茂に言わせた言葉を思い出す。
「ちが、あれは」
「……分かってる。冗談」
 こちらを見ずに言葉少なに返す茂は、少し背中を丸めて下を向いたままだ。
 しばらくして、茂が「もう寝る」と言ったので、高志は「うん」と答えた。茂はゆっくりと立ち上がると寝室に入っていった。

 次の朝、高志は居間で7時過ぎに目覚めた。あまりよく眠れず、夢現のまま昨日の夜の出来事を何度も反芻していた。
 横になったまま再び目を閉じると、暗闇の中に浮かび上がった白いTシャツの背中が思い浮かんでくる。そして、終わった後に俯いたままこちらを見なかった茂の横顔を思い出す。ただの友達だったはずなのに、昨日自分達は男同士でセックスした。充分に異常なはずのその出来事は、何故かこの部屋の中ではその異常さを上手く実感することができなかった。
 顔を洗って着替えを済ませたが、茂が起きてくるのはいつももう少し遅いので、高志は時間を潰しながら茂が起きてくるのを待った。
 しかし9時を過ぎても茂は出てこなかった。今日は午後からバイトだったが、明日また会う時のことを考えて、高志は茂と少しでも顔を合わせてから帰りたかった。
「細谷」
 障子越しに声を掛けてみる。何となく、茂はもう起きているだろうと思った。
「腹減った」
 再び居間から大きめの声で言ってみると、ややあって寝室の中から物音が聞こえた。
 そしてしばらくしてから静かに襖が開いた。


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