偽りとためらい(47)

 その夜、三人が帰った後、例によって高志が先にシャワーを借りて、その後で茂が入った。いつもならそのまま寝る時間だ。タオルで髪を拭きながらバスルームから出てきた茂に、高志は声を掛けた。
「さっき言ってたデートの途中で帰った日って、俺が電話した日のことだろ」
 そのまま寝室の方に向かおうとしていた茂は、立ち止まって高志を見、「やっぱばれた?」と言った。
「何となく」
「言っとくけど、遅かれ早かれこうなってたはずだから、別に藤代が気にすることじゃないからな」
 多分茂はそう言うだろうと思っていた高志は、しばし口をつぐんだ。茂はそのまましばらく立っていたが、やがて座卓のそばまで来て腰を下ろした。
「とりあえず付き合ってはみたけど、そんなに話も合わなかったし、多分向こうも何か違うって思ってたっぽいし」
 むしろ良かったかも、と呟く。
「まあでも、一応、ごめん」
「うん、大丈夫だから」
 謝りながらも、確かに、今回の彼女に対しては佳代の時のような一生懸命さを感じないな、と高志は思った。そしてつい思い付いたままの疑問を口にした。
「相手が伊崎さんだったらどうしてた?」
 それに対し、茂は即答する。
「そんなの、それこそ佳代ちゃんだったら事情を話せば分かってくれるよ。藤代のことも知ってるんだし」
 高志も、佳代ならおそらくそうだろうと思った。
 と同時に、やはり佳代は茂にとって特別な人間なのだということをあらためて感じた。だから佳代がいなくなって、茂は新しい彼女で喪失感を埋めようとしたのだ。
「淋しかったのはもう大丈夫なのか」
「いや、それもうだいぶ前の話だから」
「まあ、細谷ならまたすぐ次があるだろうけどな」
「だからさ、藤代はいっつも俺を買い被り過ぎなんだよ」
「あ、お前だったら合コンでも上手くいくと思うぞ」
「いかないって。……ていうか、何か、一緒にいて楽しくない人と付き合っても仕方ないかなって最近は思ってきたんだよね」
「まあ、それはそうかもな」
 高志が同意すると、茂が冗談めかして言う。
「もしまた俺が淋しくなったら、お前が責任取って遊んでくれたらいいよ」
「ま、そういうことなら付き合ってやってもいいけど」
 高志も冗談で返す。そしてそこで会話が一段落したのを機に、茂は再び立ち上がった。
「まあだから、さっきも言ったようにお前のせいとかじゃないから。もう忘れろ」
「分かった」
 高志が頷くと、寝室に向かいかけた茂は、再び戻ってきて高志のそばにしゃがみ込んだ。一瞬だけ唇が重なる。
「じゃあお休みー」
 ふいを突かれて反応が遅れた高志をその場に残して、茂はそう言いながら寝室へと入っていった。


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