偽りとためらい(34)

「だから、今までは心情的な部分をメインに書いていたんです。それはそれで一定の評価もしてもらったのだと思いますが、恋愛感情を描くなら成就を求められますし、その為にベッドシーンが必要だと言われました。その事実を仄めかすだけではなく、行為の具体的な描写をある程度入れた方がいい、それがカタルシスだと」
「悪いけど、ちょっと分からない」
「はい。とにかく、それで書いてみようとしたのですが、心理描写のように自分自身の言葉で書くことができませんでした。どう書いても上滑りしているような気がして、考えれば考えるほど分からなくなってきて、それで……」
 あかりは、再び高志を見る。
「私、昨日変な質問をしたと思うのですが、紙に書いて」
「したな」
 高志は頷く。
「その質問に対する答えがもしイエスだったら、それを私にしてもらえませんか」
「……は?」
 昨日差し出されたメモの文面が頭の中で甦る。そこに書かれていた言葉。
 それを……何だって。
「ていうか、そう言えばあの紙、どうなった?」
 話を逸らすつもりはなかったが、ふと気になって聞いてしまった。あんなものを置いたままにして、万が一誰かに見られでもしたら最悪だった。しかも高志の噂が広まっているであろうこんな時に。
「大丈夫です。私が持って帰って処分しました」
「あ、そう」
 頭の中の半分で安堵しながら、残りの半分で、あかりのさっきの言葉を反復する。反復しながら、理解しようとする。理解しようと努めながら、あかりの顔を見つめる。
 しばらく見つめ合った後、先に目を逸らしたのは、あかりの方だった。徐々に俯いていく。いつの間にか顔が真っ赤になっている。
「……何で、昨日からそんな変なことばっかり言うんだ」
「すみません」
 あかりが、俯いたまま小声で謝る。
「彼氏にでもしてもらえよ」
「いないので」
「じゃあ作れよ」
「……」
「とにかく、俺は無理」
「……」
「そもそも、何で俺に」
 言うんだ。そう言いかけて、高志は昨日の話を思い出した。高志のことを好きな誰かが高志を推薦したと、昨日あかりはそう言っていた。それが誰かは分からない。あかりは言わなかった。でも、今の高志の頭の中に思い浮かぶのはたった一人しかいない。
「……昨日、誰かに俺に頼むように言われたって言ってたよな。俺のことを好きだっていうやつに」
 俯くあかりの頭頂部を見ながら、高志は言う。
「そいつは俺のことを好きだって言いながら、俺が矢野さんに対してそうするように勧めてきたってことか」
 あかりが静かに顔を上げた。真顔で高志の顔を見返す。
「大まかに言えばそうです」
「……誰だよそれ」
「言えません」
「何で、そいつはそんなこと言ったんだ」
「分かりません」
 高志が口をつぐむと、あかりが反対に聞いてきた。
「藤代くんは、どうしてだと思いますか」
「え?」
 あかりが、じっと高志を見る。
「……誰かも知らないのに、分かる訳がない」
 高志は独り言のように答えた。
 分かる訳がない。それがもし仮にあいつだったとしても、どちらにせよ分からない。あいつが考えていることは、いつも高志には分からなかった。もし、あいつだとしたら。
――何でそんなことを言ったんだ。
 彼の笑顔が思い浮かぶ。その下で本当は何を考えているかついに分からなかった、それでもいつも高志に向けて見せた笑顔。
――最後の後でも、やっぱりお前が何を考えているか分からない。
 いつの間にか、高志の方が俯いていた。
 あかりに顔を見られたくなくて、片手で顔を覆い、ぎゅっと目を閉じた。


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