圭一だって、きっと本当に嫌な訳じゃない。だから、躊躇しながらも、最後まで旭を強く拒絶したりはしていない。
それでもどこか腰が引けているのは、それこそが圭一の持つ葛藤なのだろう。
自分のやりたいようにやることは誰かの意思を無視することになる、と無意識に思い込んでいるのだろうか。
全身を洗ってからバスルームを出ると、目の前に圭一がいた。思わず声を上げる。
「うわ」
「ごめん。……俺も入る」
「あ、うん」
開いたままの扉から、入れ違いに圭一が入る。旭は自分のタオルで体を拭き、先に圭一の部屋に戻った。
何となく部屋の電気を消してみたら、昼間でもかなり薄暗くなった。辛うじて物の形を判別できる程度の陽光が、閉まったままのカーテンから洩れ入る。
遅れてバスルームから戻ってきた圭一は、部屋の暗さを見ても何も言わなかった。ベッドの上に座っていた旭から少し距離を取って、ベッドの端に腰かける。
「――なあ。お前さっき、俺がお前の気持ちを信じなかったら、またお前のこと忘れる、って言った?」
「ん……多分。何となく」
旭は頷く。確証などない一方で、旭の中ではこれ以上なく腑に落ちる理由だと思えた。
「俺、信じてない?」
「じゃなくてさ。お前は俺のこと好きだって思ってくれてるから、自分が無理強いしてないかどうか不安になるんだろ」
「……」
「でも、俺もお前が好きだから、そんな風に思う必要ないんだってこと」
薄暗がりの中の圭一は、少し考え込むように黙り込んだ。
「……でもやっぱり、不安とかじゃなくて、お前が痛いのは嫌なんだけど」
「ん。けど今だったら、前より痛くないようにできるんじゃないの、お前」
「いや、分かんないけど」
「そのためにあんなメモ書いといたんだろ」
「……もし俺がまた忘れてしまったら、お前、また辛いんじゃないのか」
「俺は大丈夫。俺はちゃんと覚えてる。忘れて辛いのは、多分お前の方」
「……」
「でももう忘れないよ、きっと」
旭は腰を上げた。
「もう、お前が記憶を消す必要なんかないから」
膝立ちで歩み寄ると、圭一が旭を見上げてくる。
圭一の心が決まるまでそのままじっと待っていると、ようやく圭一の方から旭に手を伸ばしてきた。頬に触れられ、後頭部を引き寄せられてキスされる。何故か最初の頃のような控えめなキス。旭は目を閉じて薄く口を開いた。