旭の怪我を覚えていないのは、単に些細なこととして忘れてしまったからか。
それとも、今回と同じように、圭一の無意識が記憶を失わせてしまったのか。
別に圭一のせいで怪我をした訳でもなかったから、単に覚えてないだけかもしれないけど。
もしかして、圭一の記憶を失わせたのは、怪我そのものではなくて――
「――ん」
唇を塞がれたまま敏感な脇腹を触られて、思わずびくっと体が動く。それを見て圭一はいったん手を離した。更に何度かキスしてから、圭一が腕をついて上半身を起こす。
「圭一」
「ん?」
旭の呼び掛けに微笑を返す圭一は、だいぶ眠気が覚めているようだった。
「お前さ……俺のこと好きだったって後から気付いたって言ってただろ」
「ん? うん」
「結局、いつ頃から好きだった?」
「えー……分かんね。気付いたら」
旭が起き上がろうとするのを見て、圭一も少し後ろに下がった。ベッドの上で向かい合う。
「もしかしたらさ、俺らが気付いてないだけで、お前、他にも色々忘れてんのかもな。昔のこと」
「え? 俺、まだ何か忘れてる?」
「いや、分かんないけど。でも俺の怪我のことは、お前、記憶を失くしてるのかも」
「……」
「だから、他にもあるのかもって思っただけ」
圭一の顔から笑みが消え、少し不安そうな顔になる。
圭一はどうして旭のことだけ忘れるのか。口では好きだと言っても、本心では旭を拒絶する何かがあるんじゃないのか。
旭はずっとそう思っていた。だから辛かった。
でも……違った。
「……する?」
旭はそう言って、圭一の返事を待たずに自分の制服のシャツのボタンを外し始めた。
「え? おい」
「さっき言ってた、俺に嫌われるのが嫌で野球始めたって、ほんと?」
圭一の声を無視して、旭は続ける。
「その頃は、好きだった?」
「……脱ぐなって」
「何で」
ボタンを外し終わったシャツを脱ぎ、更に下に着ていたTシャツも脱ぐ。裸の上半身を晒して圭一を見ると、圭一はぎゅっと眉根を寄せて、苦しそうな表情で旭を見つめていた。
「――お前、何でいっつもそんな顔すんの」
「え……?」
旭は手を伸ばして、圭一のシャツのボタンも外し始める。
「さっき勃ってただろ」
「……眠かったから」
「したくない?」
圭一は抗うでもなく、ただされるままになっている。旭の問い掛けにしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。
「俺じゃなくて、お前が」
「俺はしたい」
「――」
「って言っても、信じられない?」
言いながら目を上げる。圭一はきゅっと口を引き結ぶ。
「違う」
「でも怖い?」
いつも、圭一が見せる表情の意味。徐々に、色々な記憶が繋がっていく。
「……何が」
「俺が相手に合わせる性格だから? 口ではいいって言ってても、本当は違うかもしれないから?」
「……」
「本当は嫌だったのに言えなかった、お前が強引だった、って言われるのが怖い?」
子供の頃にクラスメイトに言われたみたいに。