知らぬ間に失われるとしても(74)

 小学校の時には、三・四年の時だけクラスが同じだった。
 それでもその後もよく遊んでいたのは、何でだっけ。校庭が解放されていたから、放課後にしょっちゅう一緒に遊んでいた気がする。二人でじゃなく大勢で、遊具で遊んだりサッカーをしたり、よく分からないローカルルールの缶蹴りとか鬼ごっこをしたりしていた。
 多分、圭一の方から、旭も入るように声を掛けてくれていたのだろう。覚えてないけど、きっとそうだ。性格的に。
 中学になったら本格的に部活が始まって、放課後に遊ぶことはなくなったけど、ずっと同じクラスだったから結局いつも一緒にいた。自然と仲良くなったし、多分あの頃から親友と言える関係になっていった。
 高校に上がってからも、一年の時は同じクラスになって、それは旭にとっては大きな幸運だった。圭一がいるお陰で新しい環境にも割とすんなりとなじむことができたし、人見知りのある旭にはその存在はとても心強かった。
――そんな長い付き合いの中で、圭一が泣いているところなんて一度も見たことがなかったのに。

 そんなことを考えながら、旭は目の前で圭一が嗚咽するのをぼんやりと眺めていた。
 もしかしたら圭一は見られたくないだろうか。外に出ていた方がいいだろうか。でも、自分がこの部屋に一人残された時に余計に孤独な気分になったことも思い出す。結局、旭はそのままずっとそこにいた。
「……圭一」
 ごく小さな声で呼び掛けてみる。返事がないならそれでもいいと思いながら。
「……」
 返事はなかったが、嗚咽がしばらく途切れた。もしかしたら少しだけ落ち着いてきているのかもしれない。
 旭は圭一の方に近寄り、驚かせないようにそっとその頭に手を載せた。もうほとんど乾いている髪。短髪に指を通すように撫でる。
 それから、膝立ちのまま、その頭を胸に抱え込んだ。片手で後頭部を抱え、片手で背中を撫でる。圭一は顔を上げなかったが、呼吸はだいぶ元に戻っているようだった。旭の裸の胸に、圭一の息がダイレクトに触れる。どこかが濡れる感触もした。圭一の涙だろうか。いい、圭一だったら。涙でも鼻水でも、別に。
 ふと少しだけ圭一が身じろぎ、旭が腕を緩めると、圭一は俯いたまま近くに落ちていたバスタオルを取って、ごしごしと顔を拭いた。そしてタオルを放り投げ、また旭の胸に抱き付いてくる。今度はがっちりと背中に両腕を回される。
 その格好のまま、どちらからともなく布団の上に寝転がった。お互いに体を横にして、旭は圭一の頭を抱き締め、圭一は旭の胸に頬を寄せていた。さっきみたいに圭一の息が素肌にかかる。温かい。
「――旭」
「ん……?」
「何か色々、ごめん」
「いいよ。全然」
 圭一の髪を撫でる。圭一の短髪は張りがあって、撫でつける度に反発してこようとする感触が楽しい。
「……好きだよ」
「うん。俺も」
 お互いに思い切り泣いて、泣き止んだ後の妙な心の静けさがお互いの中を満たしている。
 こんな状況なのに、圭一と抱き合いながら、旭は深い落ち着きと安らぎを味わっていた。まるで映画の中の、明日世界が終わる時の恋人達みたいだな、と想像する。
 旭は深く息を吸い込み、この一時的な充足を噛み締めた。

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