知らぬ間に失われるとしても(71)

「――いや、ちょっと意味が分からない」
「うん。ごめん、変なこと言って」
 ついでに布団の上に散らばっていた衣服を集める。
「お前のこと疑うとかじゃなくて……いや、何かよく分からないけど、えと……でも、お前が今ここで嘘吐く訳ないだろうし」
「お前に言っていいのかどうか分からなくてずっと黙ってたのに、さっき言っちゃってごめん」
「いや、本当のことだったら言ってくれよ。……ていうか、本当かどうかちょっとまだ分かってないけど」
「柏崎くんも知ってる」
 少しだけ客観的なことを伝えてみると、圭一がはっとした顔をする。
「でも、もし本当に記憶を失くしてたとしたら、お前ショックだろ。話した方がいい?」
 被っていたままのタオルケットをはいで、ひとまず下着に足を通す。なお呆然と旭を見つめる圭一には、目に入っているはずの旭の裸に頓着する様子がない。圭一は性欲をどのように使い分けているのだろうか、と少し不思議に思える。
「話したとしても、別に信じなくてもいいよ」
「あ、うん……一応、話して」
「お前に三回告白された」
 そう言った後、更に「柏崎くんも、お前から三回同じこと相談されたって言ってた」と付け足しておく。
「最初に付き合った時は、いつか分かんないけど気が付いたらお前、俺とのこと忘れてた」
「付き合ったって、いつ?」
「6月くらい……ああ、多分、俺が彼女と別れてたってお前が知って、その後くらい」
「……」
「そんですぐにお前は忘れたみたいだけど、俺は知らなくて、お前が嘘ついてるんだと思って喧嘩になって、その時にまた告白された。二回目」
「それは、いつ?」
「期末テストの前」
 圭一は変わらず、目を見開いたままじっと旭のことを凝視し続けている。そうか。唐突に気付く。圭一は旭の裸を気にしないのではなく、そもそも目に入っていないのだ。頭の中で必死に理解しようとしながら混乱しているのだろう。
「テスト勉強、毎日一緒にしたのとか、覚えてない?」
 問い掛けると、圭一は黙ったまま首を振った。
「夏休みに一緒にUSJに行ったのは?」
「え……?」
「お前、写真撮ってたから、多分スマホに残ってると思うけど」
 思い付いてそう言ってしまい、しかし次の瞬間、すぐに旭は激しい後悔を覚えた。圭一がそれを見たらどうなるんだろう。こんなこと、圭一にとっては嘘のままにしておく方がいいのかもしれないのに。
「いや、ごめん、いい」
 慌てて取り消そうとしたが、しかしもちろん、聞いてしまった圭一はすぐにスマホを確認しようとした。机の上で充電していたそれを手に取り、ロックを解除して指を動かす。
 目の前でディスプレイをタップし、スクロールするその圭一の表情が、やがてある瞬間に硬く強張るまでの数秒間、旭はその顔をただ眺めていた。
「……これ……」
 圭一がすがるような目でこちらを見る。――きっとそこにあるのは、圭一が旭の頬にキスしている写真。
 旭は何か言おうとしたが、何の言葉も出てこなかった。

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